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段取り

ピカソが、『ゲルニカ』に要した期間は約一ヶ月。

1937年パリ万博のスペイン館の壁画制作を依頼されていたピカソ。「ゲルニカ空爆」の5日後の5月1日、「ゲルニカ」の構想が始められた。世紀の大作「ゲルニカ」は、5月11日にキャンバスに描き始められ、6月4日に完成している。

こうして構想から完成まで約一ヶ月で、かの世紀の名画はこの世に誕生したのである。

さて、我が方の「キッズゲルニカ」は、実質8月29日の展示リーダー会議からスタートしました。ステージ上に掲げるのは10月1日。9月一杯で完成をしなければなりません。これはピカソの制作期間とほぼ同じといっていいでしょう。

かのピカソは天才とはいえ、この間に45枚の習作を残し、およそ350cm×780cmの画面に一人で立ち向かったわけですが、こちら「キッズ」は58名の生徒と4名の教員スタッフがいます。

制作にあてられている正規の授業時間数はガイダンスを含め10時間。放課後や時間外にスタッフの企画の時間をつくるとしても、結構かつかつの時間と言わなければなりません。

そこで、指導者側の読みと段取りが必要となるわけです。今回はこれまでの制作に、私が指導者としてつけてきた段取りについて記したいと思います。

○原画作成

私は、これまで毎年制作される生徒会タペストリーを担当してきました。生徒総会での披露に向け、生徒会のリーダーたちが決めるスローガンに合わせて、約1.8m×1.8mの正方形の旗をつくるのですが、メンバーはたいてい1~3年の有志30名を超える人数が集まります。

メンバーには力量差もモチベーションの違いもあります。制作期間が5月~6月とあって、少し部活動の練習に疲れた生徒が、部活を休む口実にするために制作に参加するということも残念ながら少なからずあります。

とはいえ、参加した以上は達成感を味わわせたいということで、全員で原画づくりから始めます。学級旗制作などでは、おのおのが描いたデザインをクラスで投票して決めることがしばしば行われますが、タペストリー制作では段階をいくつも踏んで、協議を繰り返しながら原画決定・配色計画をします。少し大きな画面では共同責任というのが愛着につながっていくように思います。

最初はそれぞれがスローガンをもとにキーワードを拾いながらアイデアスケッチをします。
そのときに言うのは、「一枚の絵として完成させてもいいし、一部を採用する場合もあるから、とにかく自分なりの思いを形にしてみて。」です。「みんなで一つのものをつくる体験を楽しもう。」ということもよく言います。それらのアイデアは並べて検討し、誰かがまとめて次に提案する…を繰り返しながら、参加者が次第に合意を形成していきます。

原画が決まれば配色も全員がとにかく色鉛筆でやってみます。時間に余裕がないときは下書き作業と並行して行うこともあります。どれも完全な配色はしていなくても、いいとこ取りをしながら魅力ある画面を模索していきます。これはいいと思えるものを一度目に見える形にして、説得力のあるプランにしていかないと話し合いは混乱し、やたら時間がかかります。生徒が残したものを次には形にして示す…これが指導者の役どころかもしれません。生徒がつくってきた形やイメージを、生徒の声や要望を聞いておいて、もちろん必要なアドバイスを込めつつ次の機会に向けて準備をすることが、着実に前へ進める上で必要不可欠です。

こうしたノウハウが、担当者以外の先生方には伝わりにくいのが残念です。原画が決まれば、作品はできたようなもの。配色までできていれば、あとは目標を達成するためにやることが見えてきます。ところが、大抵の先生方は、一番苦しい(本当は一番楽しいのですが)原画づくり、つまり、構想の段階での生徒の動きやそれを引き出すための仕掛けにあまり関心を示さないのです。

絵が描かれるとき、アイデアスケッチから原画へ移行する際、同じイメージの繰り返しから、ふとしたきっかけで逸脱、跳躍、飛躍が生まれることがあります。何故、どうしてその変化が生まれるのかというのはとても興味深く、これこそが醍醐味ともいえるのではないかと思うのですが、とにかく、ドラマチックに画面が変わることがしばしばあります。そこで、種はできるだけ豊富に蒔いておくのです。バラエティに富んだスタートは「変化」のあらゆる可能性を秘めています。

その変化は待てばよい。待っていると必ず変化し、動き出します。それが集団で制作していく楽しみです。生徒会のタペストリー制作でも、今回の「キッズゲルニカ」でもそうして画面がつくられていきました。また、生徒がある工夫をしたら、それを惜しみなく取り入れます。大きな画面では、「いいとこ取り」がアレコレとできるので、採用された生徒からは喜びの声を聞くことができますし、互いのよさを認め合う機会になります。全体の画面の骨組みは確保した上で、細部に生徒一人一人の活躍のチャンスを与えると、それぞれの参加度が高まります。


○限られた材料を無駄にしない

学級旗制作ではほったらかしにしておくと、絵の具がどんどん減ってしまいます。一枚の学級旗の小さな面積に着色するのにどれだけ絵の具を出すの?という場面が多々見られます。混色の要領がつかめていないという点もありますが、面積と量の経験値が低いのが原因だと思われます。大量の絵の具が廃棄されていきます。もったいない。またいきなりの計画変更も多々起こります。十分に検討されないままスタートしてしまい、混乱の末、塗り替えになるわけです。重ね塗りほど無駄なものはありません。

キッズゲルニカも多分に漏れず、大量の絵の具を必要とします。できるだけ安価で、かつ、耐久性の高いものを選ばなければなりません。今回採用したのは、イベントカラースパウトパックA・Bセットと白2本、布用メディウム2本です。厚塗りをしてもひび割れが少なく、布への付きをよくするというので増粘メディウムを少し混ぜて使うことにしました。白はセットの1本とで計3本ですが、ひょっとするともう一本買い足さなければならないかもしれません。混色用には白は欠かせません。予算要求の都合で、原画ができる前に要求しなければならず、本来ならば、配色が決まった時点で単色を注文するつもりだったのですが、係の先生が、大作だから急ぐだろうと気を利かせて注文してくださったのでした。係の先生とは十分連絡を密にしておく必要があります。

では、与えられた絵の具をなおさら上手に作品の配色に生かして行かねばなりません。
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そこで、画面全体に主調色を用いて彩色するのではなく、満遍なく配色することにしました。12色の色を使いこなしていく難題へのチャレンジというわけです。

スパウトパックとは、ビニール製の袋状の容器に蓋がつけられたもので、別の容器に移し換えて使用しなければなりません。ゴミが減量できることと少しだけ割安感があるというので採用しました。イベントカラーはすこし透明感があって、被覆力は同タイプのスクールガッシュの方が高いのですが、何と言っても価格が安くないと…ということで致し方ありません。用意するものは蓋付き容器。以前、鮭フレークの瓶を集めていましたが、こんな時に役立ちます。これも以前購入していたのですが、ドレッシング用の撹拌容器。これはフタを押さえて振りながら大量に同じ色をつくるのに便利です。大きな蓋付きというと、キムチのプラスチック容器が安定感があっていいですね。若干ニオイが気になりますが…。こうした移し換え容器を用意しておくととても重宝します。比較的少量の絵の具や修正用の絵の具は蓋付き瓶に入れておき、ラベルを貼っておけば必要な場面ですぐに供給できます。そして大面積はドレッシング用容器で1本~3本と大量につくっておきます。作業用のカップにどんどん注いでやれば、一気呵成に絵の具を求めてくる生徒を待たせることはありません。大面積の作品では、調色管理も指導者に求められる段取りの一つです。一度塗りで余った絵の具はこうした蓋付き容器にとっておくのです。制作が終わったとしても、混色した色であってもしばらくは保存可能。美術の授業や部活動に使えるものは使えば、環境中への垂れ流しも少しは減らすことができます。「もったいない」を地でいく私です。

彩色の手順も大切です。水彩画での指導と同様、バックの面積が大きい箇所から彩色させます。このとき、大面積ですと自分の彩色箇所の錯誤が考えられますので、あらかじめ下書きは鉛筆でしたあと、その色に近いペンでなぞっておきます。複雑に見えるところは、事前に少しだけ彩色を施しておいて、間違いを回避する配慮も必要です。彩色計画は入念に立てておかないと、たくさんの生徒で作業するときは混乱しかねません。

今回、制作場所はフローリングにした教室です。キャンバスを広げると長辺が教室の前後にまさにピッタリサイズ。生徒が58名全員で作業するのは不可能です。そこで、全体を8つの部分に分け、8班編制で取りかからせていますが、画面上半分、下半分で作業時間を分けています。従って、余計に、あらかじめ色をつくっておく必要があるのです。着色作業の時間、他の班には裏番組もつくっています。担当教師が誰になっても成立するような内容を示し、準備にも参加していただいて、こちらは「キッズゲルニカ」に集中できるように段取りを組んでおきます。裏番組の作業は、各教科展示のタイトルづくりです。今回は白抜きした文字にある色鉛筆画の構成作品(模様が美しい)を写させ、思い思いの色で彩色していくという課題で、生徒は写し絵だと思って気楽に取りかかりますし、色鉛筆の彩色を楽しんで、やり出したらはまります。思いがけず集中して取り組む姿に担当の先生方が驚いていました。

○彩色の醍醐味はこれから

これまではほぼ各班で同じ色を塗るという単純作業でしたから、あまり考えなくても、楽にできる点でどの子もしっかり取り組んできました。中には違う班の部分も塗りだして怒られた子もいましたが…。ここからは各班で取り組みが違ってきますので、指示がさらに増えていきます。短時間に上手く伝える方法と、色づかいが複雑になってくるので、調色管理も一層重要になってきます。段取りのよさが問われます。

あと実質5時間の勝負。まだまだ完成までは楽観できませんね。
by my-colorM | 2008-09-23 12:03 | 図工・美術科教育 | Trackback | Comments(0)