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合点がいく本…『子どもが育つ条件』

『子どもが育つ条件-家族心理学から考える』(柏木惠子著岩波新書)を読みました。



なるほど、うんうん。
そうだったのか!

-うちも知らず知らず「少子良育戦略」に走っていたんだな。

多子多産の昔に比べ、現代は子どもは「授かる」から「つくる」に変わった。子どもを「つくる」か「つくらない」かの選択の余地があるというのだ。妊娠-出産-子育ての行為は、自分と子ども・育児との間に自己資源の分配をめぐり葛藤が生じやすい。女性の社会進出により、社会における自己実現の可能性が高まりを見せている現代、成長・発達主体であってよい女性が、「母」としてその座から引きずり下ろされるのはとても悔しいことなのである。

とはいえ、子をもうけ、育てることは、夫婦にとって当然の欲求であり、「つくる」選択をすることになる。「親である」夫が不在のまま、「親をする」母として子育ても家事も完全に任されたなら、女性の自己資源は自分には配分されず、子に集中していくことになる。ところで、専業主婦となって子育てを任された場合、仕事をしながらの子育て以上に社会から取り残されたと感じる焦燥感や、将来を見越して、このままでいいのだろうかという不安へと直結していく。日本の子育てでよく問題になる「育児不安」はこうした背景から起きているといえる。

一方、生まれた子が死ぬ事態は昔に比べて大幅に減っている。過去の多産多死の実相は、本書を読んでつかんでいただくこととして、そのため、現代の傾向として「少子良育」の発想が生じている。一人の子どもにたっぷりお金も時間もかけて、競い合うように「先回り教育」が進められるというのだ。こうした中で不幸な親子関係が築かれることが少なくない。その事例もいくつか紹介されていた。


…このように子育てにまつわる様々な考察がわかりやすく書かれている。また、昨今の少子化の中身が語られ、家族の危機的な状況に対し、「親をする」、「子育ち」といった発想法で育児そのものを捉え直すアイデアに共感を覚える。

本書は「家族心理学」という耳新しい心理学と発達心理学の研究成果をもとに、子どもの育ちや、それを取り巻く親や家族のありようを考えた本である。これまでの日本人の結婚観、育児にまつわる社会の常識や既存の価値観について、歴史的な成立過程や国際比較などをもとに、その問題点を明らかにしている。また、ともすると閉塞感や焦り、不安を抱かざるを得ない現代の家庭生活や子育てについて、「親も子も成長、発達できる社会づくりへ」という発想の転換を求めつつ、明るい展望をもたらす指標となる提案が展開されている。

とりあえず私自身の経験や実感が驚くほど当てはまる。あれもこれもドンピシャである。
私の前の世代の結婚観・子育て観と、私の世代の結婚観・子育て観とは大きな隔たりがあるし、次の世代のそれもきっと変化していくだろう。現状を憂い嘆くばかりでなく、未来に展望をもって語られているところが本書の魅力である。

おかげで、私の場合、大方「子育ては楽しい」ものだった。それでも振り返れば、新生児というのはすべてに予測不可能で、特に月齢3~4ヶ月ほどは、ふさぎ込むこともあるほど憔悴しきった時期もある。それは、仕事で帰宅の遅い夫への不満が嵩じたものだった。しかし、育休を切り上げ、半年で職場に復帰してからは、バタバタ忙しくて目の回るような毎日ではあったが、育児不安は解消し、落ち着いて子どもと向き合えるようになったと思う。

子どもは可愛く、仕事も子育てもどちらも気分転換になってバランスがとれた。その影に夫の育児・家事貢献度の高まりは大きい。本書では少数派とされる、子育てのための転職をも敢行してくれた夫の存在が何より貴重であった。

保育園の存在もありがたかった。乳幼児の頃は小規模の家庭的な保育園だったが、4歳で家を購入して引っ越してからは、幼稚園も併設された大人数の保育施設となった。たくさんの園児の中で、さまざまな遊びを経験させてもらえた。一つのことに夢中になったら、とことんのめり込む気質の息子を、園の先生方は本当に辛抱強く見守って下さったものだ。あるときなどは、小さな積み木(ドミノのようなもの)を直径1m近い円筒状に積み上げるのに集中してしまったのだが、自分の身長を超える高さにまで積み上げられたといって写真に収まっていたこともある。こんなダイナミックな活動は到底家でできるようなものではない。しかも、卒園時には園長先生がそんな息子の頭をなでながら「うちの園は、こういう子どもに育ってほしいと思って保育をしているんですよ。」と私に直々に話して下さったときには、本当に感謝の念がこみ上げた。

子育ては「よって、たかって、たくさんで」という理念、自分の教育方針の押しつけで先回りせずに「子育ちを見守る」こと、そして、親が自分自身の成長・発達を実感しながら活き活きと生きることとは、まさに私自身が、夫の家事・子育て参画を背景に、自ら実践してきたことだ。

そのことが、本書には書かれている。

息子はまだ自立の緒に就いたばかりである。生活経験という点では、必ずしも満足のいく段階ではない。経済観念と食生活、生活時間の安定など、まだまだ課題があるだろう。だが、人づきあいや目標実現力、美学芸術学的嗜好などでは、私も舌を巻くところがある。乳幼児期には正直感じていた、「私のもちもの」でも「分身」でもなく、今は自立した「タカラ」的存在という感じだ。「所有」ではなく、「見守る」という性格の。

経済的自立はまだ先になるだろうが、その基盤となる進路選択の時期がやってきている。余計な口出しはしないと決めているが、ついつい心配になってしまうのが「親心」なのである。