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名古屋の会(勉強会)の報告…Part1展覧会その1

本日、夏休みに入ってはじめての「年休」をとらせていただきました。
息子も家で勉強するということで、昨日の日曜日に引き続き引きこもっております。

とりあえずはDodeca circleの報告をUPします。

5日(土)は私Mは11:00名古屋駅に集合ということでジュエルさんボルドーさんと再会。
3人で地下鉄に乗り矢場町へ、栄町松坂屋名古屋本店7階で開催中の「マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿」を鑑賞しました。

国王カール6世の娘でハプスブルク家を継いだ女帝マリア・テレジアは夫フランツ1世との間に16人もの子どもを儲けます。病死などで亡くなった子どももいましたが、子どもたちは各地にいわゆる婚姻外交によって各国と同盟を結んでいきました。300年にわたるオーストリアの敵対国フランスのルイ16世と結婚し同盟を結びましたが、フランス革命の後にともに断頭台に上ったマリー・アントワネットも娘の一人です。

城先生に教えていただいたヨーロッパの紋章のお話。各地に婚姻外交を進めていった当時の紋章が系譜とともに描かれていましたが、枝分かれしながら引っ付いた者同士の紋章が組み合わされ複雑怪奇になっていく様子がわかりました。

ハプスブルク家の栄華を誇るシェーンブルン宮殿はマリア・テレジアのころに改修され、なんと1441室からなるお城だそうです。当時使用人が1000人。子沢山といえども、なんのなんのっていうことだったのでしょう。むしろ、お家存続、国力拡大を謀り、政略結婚に奔走する姿が妙に印象に残ってしまいました。当のご本人は恋愛結婚だったそうですが…。

豪奢な宝石類と肖像画の数々。そして贅を極めた調度類…。栄華を誇ったオーストリアハプスブルク家の品々の中に、ジャポニスムに通じる古伊万里に手を加えた食器と漆の長持ちがありました。特に富士山と江戸時代の人々が表現された漆の長持ちをマリア・テレジアは「インド」と呼んだというのですが、東方インドよりさらに東の小国日本は想像だにできなかったのでしょうね。しかし鎖国時代に、出島という外に向けて開かれた小さな窓口を通して熟成した日本の文物がヨーロッパに持ち込まれ珍重された歴史がこの展覧会でも見つけることができました。

それにしても金ピカの展示物、いやがおうにも名古屋という土地にぴったりと思えるのは私だけではないはず…ですよね。