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夏季研修講座報告…Part2

ここ数年、美術教育研究会の幹事長をされている先生は私の大学の1年先輩です。長年その職責を担ってこられた先生が病に倒れてからずっと研究会の牽引役を務めています。誠実で穏やかな物腰と柔軟な発想、そして確かな実践とで多くの方々とのつながりを築いて来られました。

夏の実技研修で私たち参加者が楽しんできたもろもろの実習体験の多くは、彼の人脈と美術科の指導主事の粘り強さによるところが大きいと感じています。

今回、金沢に研修に行くに当たってはほぼ1年がかりで準備をしてきました。役員会での提案段階から「おもしろそうだ」「行きたい」「やりたい」との賛成意見をたくさん出して支えたとしても、企画が確かなものでない限り、委員会からは認められません。掛け合ってくださった主事さんの粘り強い交渉とそれを支える企画書とがあって実現しました。

昨年の吹きガラスで訪れたのは作家活動をしている大学の後輩がひらいている工房ですが、程近いところに『養老天命反転地』があり、実習と鑑賞の2班に分けることで多い人数をうまく振り分け、実習を可能にしました。しかし、工房にしてみればひっきりなしの体験補助です。講師を務めていただきましたが、大変な一日だったことでしょう。そこに人と人をつなぐ人間関係があればこそ実現できたものと思います。

今回の金沢で、3つの目玉の一つが「金沢美術工芸大学施設見学」です。これは企画提案当初にはありませんでしたが、今年に入って委員会に提出する企画書に盛り込まれたものです。ここにも幹事長の人脈が生かされました。

それは私個人にとっては懐かしい再会!!でもありました。





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Part2 金沢美術工芸大学って、いいなぁ!!

バスで乗り着けた私たちを、正面入り口で迎えてくれたのは24年ぶりの再会となる大学時代の先輩です。彼は1年先輩ですが、専攻科で大学に残りましたので、2年間専攻の彫塑部屋で一緒に過ごし、よく指導もしてもらいましたし、もっとも頼りにさせてもらった先輩でした。

企画書で、肩書きに「助教授」とついているその名前を見つけてからというもの、懐かしさとともにどんな風に再会するのだろうと、この研修を待ち遠しく感じるようになりました。役員幹事長からすると同期にあたり、この間研修の企画で相談に乗ってもらっていたそうです。

でも経年変化した姿は互いに気になるところ…。当時の彼は長めの髪にパーマを当てていてそれがトレードマークでした。ちょっぴり白いものが混じっていましたが、今は短く年齢相応にされていました。寸前までどういう感じで再会しようかとちょっぴり気を揉みましたが、基本的にシャイな私は、「ふと見つけて驚く」といった動作でおどけて対面しました。が、すぐに私とわかってくれた様子で、眼鏡越しのやさしいまなざしにすぐに年月は埋まりました。とりあえず安堵…。同時に大学時代が懐かしく思い起こされました。

管理棟の会議室でしょうか、歴代の学長の写真が並ぶ部屋に通されると、大学の入試要項や昨年の試験問題等、大学説明会の資料袋が机に一つずつ置かれていました。大学の概要が説明され、金沢という北陸の小都市が市民を上げていかに美術工芸を大切にしているかといった点にも触れてオリエンテーションをしていただきました。

その後、学生さんが実習をしている各棟の実習室をはじめ学内の施設見学です。

まずは石膏像が立ち並ぶデッサン室。一歩足を踏み入れると早速美大のアカデミックな空気に包まれたようでした。広いその部屋の北側は天井から床までガラス張りの開口部になっており、柔らかな光が白い全身像に陰影を与えています。私は高校のときに美術部で石膏デッサンが毎日の日課でした。高校にあったのは頭像か胸像まででしたから、よく見慣れた石膏像の全身像を見たのは初めて、というわけでうれしくなって思わずシャッターを切りました。

ジョルジュ全身像…こんなに凛々しい立ち姿だったなんて。
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ヘルメス…赤子の手らしきものの意味がなんとなくわかりました。
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石膏像勢揃い…描きましたよ、昔…、何枚も。
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私の通った教育大学では石膏デッサンの機会がほとんどありませんでした。このような施設を目の当たりにして、ひょっとすると高校時代に染みついたアカデミックな志向が、大学に入ったときに私自身が抱いた違和感のもとではなかったかと今となって思い当たりました。
もう一度学生に戻って、心ゆくまで石膏デッサンを追求してみたいものだと軽い妄想を抱きながら部屋を出ました。

続いて訪れたのも過去に回帰する感覚を覚えました。
彫刻棟だったのです。まずは先輩のテリトリーに足を踏み入れました。

塑像全身像
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石にツチをふるう学生
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規模は教育大とは比べものにならない広さと設備ですが、学生が手がけている作品はかつて私たちが取り組んでいたもの…。専攻の学生さんもたくさんいて、その作品の多さにも驚きますが。

懐かしい道具や材料。雑然と積み上げられ並べられたモノたちがひしめき合っていて…。もろもろがかつての学生時代を思い起こさせてくれました。

考えれば今そこで制作中の学生さんは私の息子の年代でもあるわけで。なんだか不思議な感覚が湧いてきました。このようにして同じ日々がこれからも繰り返されていくのでしょうか。

続いて、図書館に立ち寄りました。学生が一心不乱にページをめくる姿がありました。美術や工芸、美学・美術史、芸術論の専門書が並ぶ書棚…。美学芸術学に憧れを抱いた時期が私にもありました。図書館に通い、このような本を自由に閲覧しレポートをしたためる…そんな学生生活をしようとも思ったのですが、その気持ちは実行には移されませんでした。一学生の目を通したいささか乱暴で勝手な見方ですが、「美術を学ぶ」ということをサポートする体制が「教育」でくくられた中で、十分足りているとは思えなかった環境に、せっかく大学には入ったものの、私の中に湧いた違和感は次第に大きく膨らみ…。けれど、今この施設を見学していて、図書館でページをめくる彼女たちを見ながら、また過去に拘泥する私を見つけてしまいました。そんな不平をこぼさずにもっと大学に行けばよかった…。

その後向かったのが工芸棟。「工芸」は金沢美工の特色がもっとも出ている課程ではないかと感じました。とにかく設備がすごい。陶芸・染織は勿論ですが、彫金・鍛金・鋳金の各科がここの特徴とばかりに、道具の数々や大きな炉、作業スペースが充実した内容を物語っていました。


学内の施設は視覚デザイン、油画、日本画…まだまだありましたが、一つずつじっくり見学する私たちの足取りの鈍さにより、予定時刻を回ってしまいました。

まだ学内の残すところはありましたが、最初の部屋に戻り、質問の時間を取っていただきました。

金沢美術工芸大学へは県外からの入学者が圧倒的に多いということ。東京芸大、京都市立芸大、愛知県立芸大との4つの国公立芸大は美術を志す者にとってやはり特別な大学です。全国から志願者が集まって当然。しかし、その大学を市民をあげて盛り立てているところが素晴らしいですよね。専任の教員数は60名。非常勤の講師陣には作家をはじめそうそうたるメンバーですが、それを含めたら一学年の学生の数とほぼ同じくらいになるのでは…。すごいです。

中学校の美術科教員の研修ですから、教職をとる学生の実態にも質問が及びました。彫刻科では4分の3の学生が教職課程をとり、実際卒業生の進路に小学校の専科と中・高・大の教員も含まれています。ちなみに金沢市は図工は専科制をとっているそうです。工芸・デザインの学生は企業への就職が圧倒的に多く、即戦力といいますか、名だたる企業が並んでいます。また、芸術学科の卒業生は学芸員の資格を取得し、美術館・博物館に就職をしているとのことです。

美術科の時間数減や少子化傾向で生徒の質はどうかという質問もありました。全国から志願者があり、学生の技術面での質的な低下は今のところ見られない、ただ、やはり昔のような教員の指導から外れる学生は少なくなり、いわゆる「指示待ち」の傾向は年々増えている。また、精神面のケアを必要とする学生も見かけられ、カウンセリング等や引きこもりがちな学生へのアプローチなど教育相談室?を立ち上げ、対応しているということです。私の学生時代にはアパートまで訪問なんてありえませんでしたが…。


午前の施設見学研修もあっという間に終わってしまいました。

案内をしてくださった先輩に特別な感謝の意をもって挨拶をし、お別れしました。お体に気をつけて頑張っていただきますよう心から祈念しながら…。

かつて私が満喫し切れなかった大学生活。大学から足が遠のき、友人との交わりを絶っていた時代のほろ苦い、ちっちゃな後悔がチクリと胸を刺しました。今年大学受験の一人息子にはしてほしくない後悔です。

でも、そんな学生生活があって、捨てたもんじゃない今がある!!さまざまな先輩や同輩に恵まれつながりがある!!これだけは忘れてはいけませんね。絶対に。