忘れえぬロシア

だいぶ放置が続いてしまいましたね。pomeraに書きためたものをここでちょっとまとめて更新します。

遅ればせながら…GWは東京に行ってきました。

今回のメインはBUNKAMURA 20th anniversary 展覧会「忘れえぬロシア」の鑑賞です。

高校3年生の夏、東京で観た「ロシア移動派展」以来、その強い印象に釘付けとなった、イワン・クラムスコイ「忘れえぬ女(ひと)」との再会を果たしました。

30年の時を経ながらも、その絵の迫力は変わらなかったのですが、私自身の職業柄、絵画慣れといいましょうか、はたまた俯瞰視点が利いているのか、かつての強烈で圧倒されるような感動にうち震えるといったようなことはなかったのです。

移動展派の画家たちの中でもイリヤ・レーピンは私の好きな画家でも上位に食い込む存在です。その思いは今回の再会でも少しも変わることはありませんでした。クラムスコイへの見方ももちろんですが…。

本展覧会で得た強い印象は2つ。

一つ目は、額の色彩に改めて約束事を見いだしたこと。これはとても重要なことですが、額縁は必ず、絵の中の一色が使用されているという約束ごとを見つけました。絵の中の一色(風景描写が多いので、木の枝や幹などの色が使われていることが多い)がまとまり感を持たせつつ、適度なコントラスト感をももたらしています。というより、絵画自体の色彩計画において、それらの色はアソートカラー(補助色)に使われていることが多いようです。

こうした視点は、ある絵の前に立ったときにいきなり強い知覚として私を捉え、その後ぬぐい去ることができなくなりました。その絵は秋の木の葉の黄色が印象的なオストロウーホフの、「黄金の秋」という作品でした。その絵のところに来ると「あっ!!」と思わず声を出しそうになりました。それまで額縁の色は明るめのO~YR系の木の色でしたが、その絵に使われている額色はこれまでと違って、dkかdkgの暗い色調でした。画面の黄色を明らかに引き立てるコントラスト感のある額色で、その絵の先は、視点が「絵画とその額の色」に固定され、検証作業に費やされ、先の結論が導き出されたというわけです。

二つ目は、残念ながら音声ガイドの陳腐さです。今回もいつものように500円を出して音声ガイドを借りました。ですが、今回ほど鑑賞の邪魔になったガイドはありませんでした。特に目の前の絵に関する、「この絵の中に描かれている人物は作者なのかもしれません」などというようなご意見は全く不要であり、他にも「?」が点灯した解説がありました。実は今回は息子と共に訪れたのですが、同じように音声ガイドを聞きながら鑑賞した彼も同じところで反応しており、同様に不快を感じていたのでした。

ま、とりあえず、メインの展覧会鑑賞を終え、後は映画でも…ということで東京にいる間に3つ観ました。
次回はその記事を続けます。
by my-colorM | 2009-05-17 06:28 | アート