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ピカソが、『ゲルニカ』に要した期間は約一ヶ月。

1937年パリ万博のスペイン館の壁画制作を依頼されていたピカソ。「ゲルニカ空爆」の5日後の5月1日、「ゲルニカ」の構想が始められた。世紀の大作「ゲルニカ」は、5月11日にキャンバスに描き始められ、6月4日に完成している。

こうして構想から完成まで約一ヶ月で、かの世紀の名画はこの世に誕生したのである。

さて、我が方の「キッズゲルニカ」は、実質8月29日の展示リーダー会議からスタートしました。ステージ上に掲げるのは10月1日。9月一杯で完成をしなければなりません。これはピカソの制作期間とほぼ同じといっていいでしょう。

かのピカソは天才とはいえ、この間に45枚の習作を残し、およそ350cm×780cmの画面に一人で立ち向かったわけですが、こちら「キッズ」は58名の生徒と4名の教員スタッフがいます。

制作にあてられている正規の授業時間数はガイダンスを含め10時間。放課後や時間外にスタッフの企画の時間をつくるとしても、結構かつかつの時間と言わなければなりません。

そこで、指導者側の読みと段取りが必要となるわけです。今回はこれまでの制作に、私が指導者としてつけてきた段取りについて記したいと思います。

○原画作成

私は、これまで毎年制作される生徒会タペストリーを担当してきました。生徒総会での披露に向け、生徒会のリーダーたちが決めるスローガンに合わせて、約1.8m×1.8mの正方形の旗をつくるのですが、メンバーはたいてい1~3年の有志30名を超える人数が集まります。

メンバーには力量差もモチベーションの違いもあります。制作期間が5月~6月とあって、少し部活動の練習に疲れた生徒が、部活を休む口実にするために制作に参加するということも残念ながら少なからずあります。

とはいえ、参加した以上は達成感を味わわせたいということで、全員で原画づくりから始めます。学級旗制作などでは、おのおのが描いたデザインをクラスで投票して決めることがしばしば行われますが、タペストリー制作では段階をいくつも踏んで、協議を繰り返しながら原画決定・配色計画をします。少し大きな画面では共同責任というのが愛着につながっていくように思います。

最初はそれぞれがスローガンをもとにキーワードを拾いながらアイデアスケッチをします。
そのときに言うのは、「一枚の絵として完成させてもいいし、一部を採用する場合もあるから、とにかく自分なりの思いを形にしてみて。」です。「みんなで一つのものをつくる体験を楽しもう。」ということもよく言います。それらのアイデアは並べて検討し、誰かがまとめて次に提案する…を繰り返しながら、参加者が次第に合意を形成していきます。

原画が決まれば配色も全員がとにかく色鉛筆でやってみます。時間に余裕がないときは下書き作業と並行して行うこともあります。どれも完全な配色はしていなくても、いいとこ取りをしながら魅力ある画面を模索していきます。これはいいと思えるものを一度目に見える形にして、説得力のあるプランにしていかないと話し合いは混乱し、やたら時間がかかります。生徒が残したものを次には形にして示す…これが指導者の役どころかもしれません。生徒がつくってきた形やイメージを、生徒の声や要望を聞いておいて、もちろん必要なアドバイスを込めつつ次の機会に向けて準備をすることが、着実に前へ進める上で必要不可欠です。

こうしたノウハウが、担当者以外の先生方には伝わりにくいのが残念です。原画が決まれば、作品はできたようなもの。配色までできていれば、あとは目標を達成するためにやることが見えてきます。ところが、大抵の先生方は、一番苦しい(本当は一番楽しいのですが)原画づくり、つまり、構想の段階での生徒の動きやそれを引き出すための仕掛けにあまり関心を示さないのです。

絵が描かれるとき、アイデアスケッチから原画へ移行する際、同じイメージの繰り返しから、ふとしたきっかけで逸脱、跳躍、飛躍が生まれることがあります。何故、どうしてその変化が生まれるのかというのはとても興味深く、これこそが醍醐味ともいえるのではないかと思うのですが、とにかく、ドラマチックに画面が変わることがしばしばあります。そこで、種はできるだけ豊富に蒔いておくのです。バラエティに富んだスタートは「変化」のあらゆる可能性を秘めています。

その変化は待てばよい。待っていると必ず変化し、動き出します。それが集団で制作していく楽しみです。生徒会のタペストリー制作でも、今回の「キッズゲルニカ」でもそうして画面がつくられていきました。また、生徒がある工夫をしたら、それを惜しみなく取り入れます。大きな画面では、「いいとこ取り」がアレコレとできるので、採用された生徒からは喜びの声を聞くことができますし、互いのよさを認め合う機会になります。全体の画面の骨組みは確保した上で、細部に生徒一人一人の活躍のチャンスを与えると、それぞれの参加度が高まります。


○限られた材料を無駄にしない

学級旗制作ではほったらかしにしておくと、絵の具がどんどん減ってしまいます。一枚の学級旗の小さな面積に着色するのにどれだけ絵の具を出すの?という場面が多々見られます。混色の要領がつかめていないという点もありますが、面積と量の経験値が低いのが原因だと思われます。大量の絵の具が廃棄されていきます。もったいない。またいきなりの計画変更も多々起こります。十分に検討されないままスタートしてしまい、混乱の末、塗り替えになるわけです。重ね塗りほど無駄なものはありません。

キッズゲルニカも多分に漏れず、大量の絵の具を必要とします。できるだけ安価で、かつ、耐久性の高いものを選ばなければなりません。今回採用したのは、イベントカラースパウトパックA・Bセットと白2本、布用メディウム2本です。厚塗りをしてもひび割れが少なく、布への付きをよくするというので増粘メディウムを少し混ぜて使うことにしました。白はセットの1本とで計3本ですが、ひょっとするともう一本買い足さなければならないかもしれません。混色用には白は欠かせません。予算要求の都合で、原画ができる前に要求しなければならず、本来ならば、配色が決まった時点で単色を注文するつもりだったのですが、係の先生が、大作だから急ぐだろうと気を利かせて注文してくださったのでした。係の先生とは十分連絡を密にしておく必要があります。

では、与えられた絵の具をなおさら上手に作品の配色に生かして行かねばなりません。
(/_;)
そこで、画面全体に主調色を用いて彩色するのではなく、満遍なく配色することにしました。12色の色を使いこなしていく難題へのチャレンジというわけです。

スパウトパックとは、ビニール製の袋状の容器に蓋がつけられたもので、別の容器に移し換えて使用しなければなりません。ゴミが減量できることと少しだけ割安感があるというので採用しました。イベントカラーはすこし透明感があって、被覆力は同タイプのスクールガッシュの方が高いのですが、何と言っても価格が安くないと…ということで致し方ありません。用意するものは蓋付き容器。以前、鮭フレークの瓶を集めていましたが、こんな時に役立ちます。これも以前購入していたのですが、ドレッシング用の撹拌容器。これはフタを押さえて振りながら大量に同じ色をつくるのに便利です。大きな蓋付きというと、キムチのプラスチック容器が安定感があっていいですね。若干ニオイが気になりますが…。こうした移し換え容器を用意しておくととても重宝します。比較的少量の絵の具や修正用の絵の具は蓋付き瓶に入れておき、ラベルを貼っておけば必要な場面ですぐに供給できます。そして大面積はドレッシング用容器で1本~3本と大量につくっておきます。作業用のカップにどんどん注いでやれば、一気呵成に絵の具を求めてくる生徒を待たせることはありません。大面積の作品では、調色管理も指導者に求められる段取りの一つです。一度塗りで余った絵の具はこうした蓋付き容器にとっておくのです。制作が終わったとしても、混色した色であってもしばらくは保存可能。美術の授業や部活動に使えるものは使えば、環境中への垂れ流しも少しは減らすことができます。「もったいない」を地でいく私です。

彩色の手順も大切です。水彩画での指導と同様、バックの面積が大きい箇所から彩色させます。このとき、大面積ですと自分の彩色箇所の錯誤が考えられますので、あらかじめ下書きは鉛筆でしたあと、その色に近いペンでなぞっておきます。複雑に見えるところは、事前に少しだけ彩色を施しておいて、間違いを回避する配慮も必要です。彩色計画は入念に立てておかないと、たくさんの生徒で作業するときは混乱しかねません。

今回、制作場所はフローリングにした教室です。キャンバスを広げると長辺が教室の前後にまさにピッタリサイズ。生徒が58名全員で作業するのは不可能です。そこで、全体を8つの部分に分け、8班編制で取りかからせていますが、画面上半分、下半分で作業時間を分けています。従って、余計に、あらかじめ色をつくっておく必要があるのです。着色作業の時間、他の班には裏番組もつくっています。担当教師が誰になっても成立するような内容を示し、準備にも参加していただいて、こちらは「キッズゲルニカ」に集中できるように段取りを組んでおきます。裏番組の作業は、各教科展示のタイトルづくりです。今回は白抜きした文字にある色鉛筆画の構成作品(模様が美しい)を写させ、思い思いの色で彩色していくという課題で、生徒は写し絵だと思って気楽に取りかかりますし、色鉛筆の彩色を楽しんで、やり出したらはまります。思いがけず集中して取り組む姿に担当の先生方が驚いていました。

○彩色の醍醐味はこれから

これまではほぼ各班で同じ色を塗るという単純作業でしたから、あまり考えなくても、楽にできる点でどの子もしっかり取り組んできました。中には違う班の部分も塗りだして怒られた子もいましたが…。ここからは各班で取り組みが違ってきますので、指示がさらに増えていきます。短時間に上手く伝える方法と、色づかいが複雑になってくるので、調色管理も一層重要になってきます。段取りのよさが問われます。

あと実質5時間の勝負。まだまだ完成までは楽観できませんね。
先週ようやく着色が始まりました。あと2週間。月火水の取り組みで完成!…できるかっ?

夏休み前に「やる!」と簡単に宣言してしまった、『キッズゲルニカ』の取り組み。
ご存じの通り、ピカソの、反戦メッセージを込めた大作「ゲルニカ」の、あのどでかいサイズだけを借りて、子どもたちが「平和」への願いを込めてキャンバスに絵を描く取り組みです。

夏休みに入る前に、ようやく文化祭の役割が決まりました。本校では学年を展示、舞台の二つに分け、それぞれ「総合の時間」を使って、発表へとつなげていきます。今年の展示担当は58名。メンバーが決まったところで夏休みに突入してしまいました。

読みの浅い(…いや、深い?)私は、1年生美術の夏休みの宿題の一部にその原画を描くという課題を出して、夏休み明けまで事実上放置していたのでした。宿題は、四つ切り画用紙を配り、「我が街○○」「人権啓発ポスター」「CO2削減ポスター」と「キッズゲルニカ原画」の4つを設定し、その中から選択して取り組むという課題でした。キッズゲルニカ原画は1年生だけの課題です。

大義名分上、原画を一部の子どもたちだけ集めて夏休み中に描かせるということができない縛りを、無意識に、かけてしまっていたんだと思います。

夏休みの宿題でどの程度描いてくるかについては、はっきり言ってあまり期待はしていなかったのですが、結果、思った以上に原画を描いてくる生徒が少なくて、(たった3~4名でした)結局、全員に訴えかけて、みんなに原画を描かせて検討するということになったのです。

夏休み明け。いくらなんでも最初の取り組みで、いきなり「『平和』をテーマに絵を描きます。」と言っても、なかなか描けるものではありません。そこで、文化祭のテーマ「Love & Peace」と絡めて、「愛」ってどんなことばとつながるかな?、「平和」ってどんなイメージかな?…ということで、私なりのことばによるイメージマップをつくって印刷し、子どもたちに提案しました。

「愛」-「好き」、「人間」、「喜び」、「こわれやすいもの」、「守るべきもの」、「家族」、「隣人」、「苦しみ」…すべてを挙げませんが、結びつくことばを、ありとあらゆるものを粘りに粘り、振り絞って列挙しました。

同じく、「平和」-「安らぎ」、「温かさ」、「安全」、「安心」…、対立するものとして「戦争」を挙げ、その関連語を書き連ね、イメージと対比させてチャートで示しました。

それから同じプリントですが、今度はことばによるイメージマップを、表現するための具体物として、これも単語で示しました。「空」、「雲」、「太陽」、「鳥」(ハト、不死鳥…)、「地球」、「月」、「飛行機」、「紙飛行機」、「風船」、「気球」、「たんぽぽの綿毛」、「ひまわり」、「四つ葉のクローバー」、「宝箱」、「シャボン玉」、「ハート」、「人」、「道」、「足跡」、「木」、「草花」、「蝶々」、「ハートマーク」、「握手」、「リボン」、「世界」、「国」、「日本」、「京都」、「学校」、「スポーツ」、「歌」、「楽器」、「音符」、…。一部しか紹介しませんが、これらのイメージワードを、ゲルニカの作品の比率に近い長方形の中に、その絵が描かれそうな画面上の空間に配して、子どもたちに伝えたのです。

「愛」とか「平和」には、実はたくさんのイメージがあるのであって、単純に「ハート」や「ハト」、「スマイル」「国旗」…といったマークのようなものだけで表せるものではないこと、人間が、互いの関わりを強めながら、ようやく築き、そして守らねばならないものなのだというメッセージを送ったつもりです。

そして、一人一人に、今回の取り組みで自分が表してみたいイメージをプリントのイメージワードなどから選ぶように指示し、ついでそれを簡単なラフスケッチで表現させ、回収しました。

子どもたちのピックアップしたイメージワードやそのスケッチを集めると、なんだかとてもいいものができそうな予感がしました。

2日後、放課後の原画検討会(学年担当者を8つに班分けし、それぞれから原画担当者を選出させてます)で、具体的なイメージにつながりそうなスケッチを少し多めに取り上げさせました。それをもとに、いよいよ原画づくり開始です。

非常に難しい取り組みではありましたが、「太陽」、「虹」、「宝箱」、「たんぽぽの綿毛」、「足跡」、「ハト」、「ハート」、「シャボン玉」、「地球」、「木」、「道」などの絵がピックアップされ、それをどう画面に配置するかが検討されました。

その日に、宝箱からハートや風船が飛び出し、校舎を巡りながら広がっていくというイメージにまとまりかけましたが、一日寝かせて、休日に、改めて検討しようと言うことになりました。

部活動が始まる前の時間をねらって集まったメンバーで、続きの検討を始めましたが、宝箱の背後に生徒が肩を組んで長い人の鎖をつくり並んでいるというイメージに決まりかけました。そこで実際にキャンバスを見てみようということになり、それを広げた部屋に移動しました。その大きさに、はしゃいで、生徒が寝転んだそのとき、閃光が走ったのでした。

キャンバスシートは縦が350cm、よこが780cmあります。丁度横方向の折り目2マスで背の高い男の子の身長ぐらいです。

ふと「人文字でPEACEができそうだ!!」という直感が閃いたのです。そして、一声かけて、Pの縦線をやらせてみた後で、生徒にことわりました。「今まで考えてきたことを、ごめん、覆すようだけど、人文字にピンときてしもうた。そこだけ私にやらせて欲しい。PEACEを人文字でやってみたいねん」と。すると、2人の生徒が、キャンバス上でいくつかの文字になりきって見せてくれました。いよいよ確信が湧いてきました。

次の日。決まりかけた原画と、検討会でピックアップしたみんなのスケッチを集めたプリントを資料に、人文字の秘策をひっさげて、みんなに提案です。多くの支持を得て、人文字に票が集まったところで、では、人文字の背景画をさらにみんなに描き加えて欲しいと再提案して、それぞれにバックを描く作業をしてもらいました。

PEACEの背景に、ピックアップしたスケッチをもとに、思い思いに描き込んだ原画がいくつも提出されました。実現可能で、さらに組み合わせていけばよりよくなると思われるものを8つに絞り、三回目の時間に投票をさせました。その日の残り時間は、全校の取り組みであるハトとハートの形に切った画用紙を貼り付ける掲示物(はさみで切り抜いたものにそれぞれが意気込みを書き、掲示物とする取り組みです)の学年全員に配る下準備として、はさみでそれらを切り抜く作業をしてもらいました。

そして選ばれた上位4つの原画案を組み合わせる…。そこは指導者がグッと支援の手を入れてしまいましたが、何とか1枚の原画が出来上がりました。

今回の文化祭の取り組みでは、舞台の生徒たちは、「Love & Peace」をテーマにした創作打楽器演奏をします。たとえばフライパンや箒、ドラム缶が楽器になります。彼らのステージバックとして、展示の「キッズゲルニカ」を活用します。そこで、1年生一体の取り組みとして、全員に原画を紹介することにしました。

広い部屋に生徒を集めて、決定した原画を見せ、キッズゲルニカのキャンバスを全員の前で広げました。その大きさを確認した後で、とてつもないチャレンジが君たちを待っているのだと伝えました。教室に帰って、学校祭への意気込みを、件のハトとハートに思い思い書きましたが、「キッズゲルニカをしっかり完成させる」などの書き込みを見るにつけ胸が熱くなりました。

夏休み明けからのスタートで、完成は9月中を目標にしています。

すでに9月も三分の二が過ぎ、やや焦る気持ちもありますが、段取りをつけられるところはめいっぱいつけて、しっかり追い込ませていこうと思います。

その段取りアイデアは次回あたりに紹介しようと思います。(つづく)
夏休みまであと1週間となりました。
毎日深夜帰宅の2週間が過ぎ、今日ようやく自宅でゆっくりしています。

前回の話題は忙しい中でもホッと一息の映画鑑賞のお話でしたが、
この2週間はもうそれどころでは…。

PCもおちおち開いていられないほどのハードな毎日でした。(ハイ、言い訳です!)

まず何が私を忙しくさせたかというと、次のTo Doをご覧になると明らかです。

○宿泊学習6/26・27。保護者会7/3夜に向けビデオ編集。→1日に完成し学年主任に。
○3年生三者懇談用仮評定(進路指導含め、学習の進め方を考えさせる資料です)作成。7日締め切り。
○2年生焼き物の授業準備。追加道具発注。班別に道具を仕分け→7日・9日授業実施。
○パパ、ウィルス性腸炎。39度の発熱でダウン。先週は予定の土曜出勤足止め。
  日曜出勤で焼き物の道具準備を間に合わせる。
○PTA広報の準備と支援(夜会合)。→昨日ようやく業者に原稿を納めることができました!
○1年木曜朝学習→これまでの授業のまとめとなる美術・色彩用語のクロスワードパズルを作成しました。
○1年生文化祭展示企画。→「キッズゲルニカ」に取り組むことに決定!(また忙しくなるなぁ。)
○7~10日計4回放課後焼き物補習。未完成者のケア。→事後、後片付けが毎回2~3時間。
○夏休みの宿題配布準備。→ガイダンスのプリント作成。四つ切りケント紙を巻いてゴム止め。
○この間、小中とも平常授業。補習以外は部活動。


…と、我ながら超ハードな2週間でした。

さて、本校は一般教室と違い、美術室にはクーラーがついていません。しかも美術室とは廊下を挟んで向かい側に一般教室が並ぶというちょっと変わった教室配置になっています。一般教室でクーラーを入れると窓やドアが閉じられ、風通しが非常に悪くなります。暑さに耐えられず、壁付きの扇風機をフルに回すのですが、熱風をかき回しているという状態です。

そんな中、例年通り焼き物の授業(もちろん補習も)を敢行しました。これには少し事情が…。焼き物の授業では粘土ももちろんですが様々な道具を使います。その準備や管理が煩雑で、美術室での他学年の授業は絶対に避けたい。(というより物理的に無理!)しかもこの時期は教室ではクーラーが効くので、大抵の生徒は暑い美術室でのテンションがまるっきり下がります。

そこで、わざと「暑すぎる!私も教室で涼しく授業をしたい!」と、半ば強引に他学年の授業は教室で行う提案をし、またそれにあう題材を設定するのです。一方焼き物の授業の当該学年には暑いけどここで頑張れば夏休みに焼いてもらえるし、きっと夏休み明けに作品にご対面だと言い聞かせて授業をするのです。今やらねば、文化祭にも出せないのだ!…とも付け加えて。

ところが扇風機を回すと粘土がすぐに乾くので実際には扇風機も止めての作業となります。ほとんどの生徒がやり始めたら完成させるまで必死の作業となりますので、暑くても何故か文句もなく無風の美術室に耐えてくれます。

この題材のために、かなり前から教務の先生に相談して、2年生ながら2時間続きの授業設定とできるだけクラス間の空き時間をとってもらうことで、道具のケアや放課後補習の設定をしやすく工夫します。授業の度、補習の度の道具をケアが本当にバカになりません。

では、そのケアの内訳を紹介しましょう。

うちで使わせている道具は、

4人班の道具箱に、約20cmの5mm厚たたら板(8)、粘土用カッター(2)、切り糸(1)、かき出しべら(1)、木ぐし(1)、抜き型(ハート・楕円・丸型他数種)、切り針(1)、切り弓(1)、竹串(4)、ゴムベラ(1)、なめし革(2)、どべ(タッパー入り1)をセットしています。どれも細々とした小さい道具ばかりですが。

板づくり、手びねり(二つ割り)、ひもづくりに対応する道具となります。全市の作品展を見ると他校ではとても念入りに作られた精巧品が出品されるのですが、聞くと何週にも及ぶ制作期間を要しているとか。しかし、うちは二週、三週にまたがって授業はしません。というのも二週目に気に入らない部分が見つかるとすぐに作品をつぶしにかかる生徒が後を絶たず、授業でのねらいである加飾やかんな削りなどの仕上げの工程が成立しないことが十分予想されるのです。なので、仕上げ用の道具にはあまり厚みのない道具選定となっています。

さらに、各自に粘土板を使いますが、マーブルボードという再生粘土板が安く、扱いも簡単なので長年採用しています。以前、赴任してきた時に上等な板の粘土板があったのですが、忙しさにかまけて水洗いしたまま拭かずに雑然と重ねて置いてしまったら、気づいた時にはすでに遅く、反るわ隙間ができるわで何枚もダメにしてしまいました。予算的にも余裕のある学校ではありませんので、その補充のために高額の粘土板には手が出せませんでした。マーブルボードは若干小さいし、粘土による染まりもかなりありますが、手入れの楽さと値段の安さ、そして「再生品」というところが子どもたちにも紹介しやすく、即採用と相成りました。

また、板づくり用に用意している粘土のべ棒(のばし棒)は表面にキズがあると平らな面がつくれません。この棒、同じ長さだとすぐに太鼓のバチ代わりにして机の角に打ち付け、凹ませてしまう子どもが出てきます。なので、わざと長さを変えて班に2本ずつ渡します。転ばぬ先の杖かな。お陰で穴ぼこ被害は毎年若干少なめです。

粘土用サークルカッターは丸い土台づくりに便利なので昨年採用しました。コンパスで型紙を作らせるよりは柔軟で手軽です。ちょっと値が高いので昨年3セット、今年3セット追加して現在6セットあります。

毎年カタログを見ながら少しずつ道具の充実を図ってきたのですが、今年は切り弓となめし革を採用しました。今年の作品は「家で使える焼き物」をテーマにしましたので、皿・コップ・茶碗などが増えると考え、口あたりをなめらかにしたい生徒が増えるのではと考えました。また、いくら助言をしても板づくりにしたときなどにどうしても作品が粘土板にひっついて剥がれない!という生徒がいますので、今年はスケッパーを用意しました。以前は片栗粉なども置きましたが、ビニール袋の中でカビが生えるのが気になり、それは止めています。こちらの使用頻度は結構高かったので、あと2枚は欲しいかな。

さて子どもたちは4人班で係分担をして授業に取り組みますが、これがなかなか…。普段の授業や学校生活できっちり班活動をさせていれば慣れたものなのでしょうが、うちの学校の弱いところでしょうね。分担は道具材料を取りに来るときだけは機能しますが、後片付けともなると俄然厳しくなります。進度がバラバラな中での片付け指示の頃合いが難しい。結局、最後まで粘る生徒がいる班、横着者の集まりの班ともなると、整理して渡した道具箱に粘土付き道具が乱雑に放置されてしまいます。もちろん机の上も粘土だらけ。彼らには次の授業の始業チャイムという味方がついています。コントロールの利くクラスでも完璧な後片付けができる班は限られます。さすがに授業中に粘土を床に落とす例は少ないのですが、これが放課後の補習ともなるとメンバーによっては一気にロストコントロール状態に陥り、足下に粘土が落ち出します。

なので、授業後、空き時間をつくってもらい、また補習後にも時間を掛けて道具再セット。床や机もチェックして、次の授業・補習までにコンディションを整えます。少なくとも授業で初めて使用する時には粘土のこびりついた道具を絶対見せたくない。それが9班分のセッティングとなるので、繰り返しのケアを強いられるのです。

そんな苦労が絶えない題材だけれども、焼き物は本当に楽しい!

材料の粘土は固くなっても再生は簡単にできますし、つくりかたもバリエーションに富んでいて、しかもひんやりした触感や頻繁に水を使うところが夏題材として申し分ありません。実はもうかれこれ7~8回目。テーマは毎年少しずつ変えながら取り組んできました。昨年は「ランプシェード」、以前「焼き物オブジェ」という年もありました。これもおもしろい取り組みでした。

今年、1人の生徒が授業中、手びねりで進めてきた大きめの器がどんどん伸ばすものだからだんだん側面が薄くなり、しまいには穴があきました。しかもずっと土台を粘土板から外すことなく作業を続けていたので、最後には作品を剥がすこともままならず、100%納得できずに授業を終了しました。なのでその日の放課後に開いた補習に約束通りやってきました。彼はその日部活に行きたかったのですが、放課後も悶々としながら完全下校まで掛けて、似たような失敗を繰り返しました。挙げ句、キレて言いました。「粘土なんて大っ嫌い。ほんま腹が立つ。明日の補習は絶対来ないから!!」と。周りがどんどん作品を完成させて、満足げに帰っていくのがよほどうらやましかったんでしょう。誰に怒っているんだか、珍しく反抗的な態度で「もう来ない、もうやらない!」と捨て台詞を残して帰っていきました。

私はあとからその様子を担任に告げ、「一言励ましてやって」と添えました。担任の声かけがあったのかは分かりませんが、次の日の補習でペタっと私のとなりにひっついて作業を始める姿がありました。ぽつんと「○○君のようにツルッとした作品が作りたいんや。」といいます。「それなら板づくりでつくろう。」と提案しました。

見ていると彼は、粘土板の上でろくに粘土を練りもせず、また形を整えもせず、いきなりたたら板を渡してのべ棒を粘土の塊の端から思い切り押しつけていきます。どうしたら形よく円形の板ができるのかを全く想像していないようなのでした。私は「まず少しとってお団子をつくってごらん。」と指示し、「それを粘土板に手の平を使ってグッと平らに押しつける。」そして、「ここでたたら板の登場。」たたら板の間に丸い粘土の厚板が置かれたところで「のべ棒は真ん中から少しずつ広げて、同じ方向でばかり回転させると縦に伸びてしまうから粘土を剥がして置き換える」といい、きれいな丸い薄板ができていく様子を一緒に確認しました。「いい?これからサークルカッターで円に切っていくけど、もういっぺん粘土板から剥がして乾いた所に置き換えてね。」そして、「サークルカッターは粘土のど真ん中に合わせて置いて。」「どのくらいの大きさにできるかシミュレーションしてから切り針をグッと差して回転させる。」そういってやらせていくうちに、きれいな円形の粘土の板が粘土板の上にできたのを見て、彼ははじめて「おもしろい。」と微笑みました。

その様子を見て、「今日は来ないって言ってたやん。」と声を掛けました。すると「しょうがないやん、今日は塾もあるし、部活も中途半端になるし…。」とよく分からない返答が返ってきました。「昨日は反抗的やったよね。」すると「だって、粘土が思うようにならなかったから。」と。「こうしようと思ったらそうなるように準備したり、先を読んで行かなきゃ。それに分からないことがあったらさっきみたいに私に相談すればこうやってうまくいくように教えてやれるんだよ。」そういうと本人、どうやら納得したようでした。その後彼は最後になめし革で表面を前日とは比べようがないほど美しく磨いて作品を仕上げて帰りました。

授業ではなかなかこうしたやり取りは難しいですが、補習で任意の参加ともなるとゆったりと少人数の生徒の相談に応じたり、くだけた会話も弾みます。

こうして怒濤の4日間を費やした焼き物の題材がほぼ終了。若干名の生徒の補習を残すのみとなりました。

来週は美術部でのシルクスクリーンのTシャツ制作です。これがまたおもしろい!!
まだまだ、夏休みまでに一山ありますがあと一踏ん張りです。


本日「色彩指導者養成講座」のテキストが午前中に届くので何よりも楽しみ。
忙しかった私に「自分の時間」をしばし返してもらう予定です。
図工の専科として小学校に兼務して3年目となります。2年間の経験から、今年受け持っている6年生には、水彩画の着色についていわゆる「絵画指導」をあえて試みています。技術を教え込むことについてはいろいろな意見があろうかと思いますが、様々なぼやきや絵の具嫌いを耳にし、目の当たりにするにつけ、これは手を打たなければという焦燥に駆られてのことです。

失敗の中から経験を積むのだと突き放したところで一向に改善が見られませんでしたし、躓きに対して個別にしたアドバイスで救われた様子の子どもたちを数々見てきました。その経験から、これは、一斉指導でしっかり押さえておく必要があるのではないかと思い立ったのです。

低学年、中学年、高学年と着色については発達段階に応じた指導支援があるだろうと思いますが、私なりに気づいたところ、押さえたいところを高学年を中心に記しておきたいと思います。



さて、鉛筆で下絵を描くところまではうまくいっていたのに、絵の具を使い出したとたんに「あ~あ」、「絵の具って大嫌い!」という子どものぼやき声をよく耳にします。

絵の具で描く経験の浅い子どもたちに授業で指導している「着色の要点」をまとめました。

◎はじめに…〈子どもたちはどんな失敗をしやすいのでしょうか。〉

《陥りやすい失敗例その1》絵の具がボトボト。はみ出す、たれる、下の色ににじんで広がる…。

理由:パレットで絵の具や水を混ぜると、筆には多量の水分がたまっています。これを不用意に画面にのせた結果、余分な水分が画用紙にのり、上に示した失敗につながります。

《陥りやすい失敗例その2》塗り残しが白ウキし、雑に見えてしまう。未完成に見える、ムラ塗りも…。

理由:子どもたちはメインとなる描きたいものを先に描きたがります。低学年・中学年の水彩導入期ならば線描が主体ということが多いかもしれません。描きたいものを描いたあとから白い部分に背景を塗り込むのは色ムラの原因となります。

《陥りやすい失敗例その3》見せたいのはどこ?何がメインなのかさっぱりわからない絵。

理由:人の目は変化に強く反応します。ぼやけた画面よりもはっきりくっきりしたところに目がいきます。全体にピントが合っている写真よりも被写体にピントが合っている写真の方がメリハリや奥行きが出て、ねらいが明確で魅力があるのと同じです。
ところが彩色上こうしたメリハリづくりに意識が働かないのが実情です。結果着色したら、わかりにくい絵になってしまうことが多いのです。鉛筆画は線によりイメージを形で表しますが、着色によって点・線・面の複雑な形になるだけでなく、そこに色の要素も加わり、実際整理しないと混乱してしまいます。

《陥りやすい失敗例その4》絵の具のむだづかいや画一的な色づかいに。

理由:人の目は成人で750万色の色を見分けることができるといいます。しかし、絵の具メーカーではJIS(日本工業規格)に基づく色管理のもと、代表的な色を10数種類製造し箱詰めしています。そうした基本色はその混色の組み合わせと水の量とで二次色、三次色…といくらでも色を作り出すことができます。
ところが、混色の経験が少ない生徒は、単純な原色の組み合わせであっても、混色結果をイメージすることが難しく、子どもによっては、探求のあまり、闇雲に混ぜて絵の具を無駄にしてしまったり、色づくりが不十分なまま着色してしまう、もしくはチューブのままの色ですませてしまうなどが現状です。


◎これらの失敗はどの子どもも大なり小なり経験しています。しかしそのような失敗を自覚させ、その原因を考えさせ、自分なりに対策を講じる手立てを見つけさせさえすればいいのです。それをせずに放っておくと、短絡的に自分には絵の具は向いていないとの苛立ちを生み、絵の具嫌い、ひいては絵嫌い、図工嫌いにさせてしまうことさえあります。

達成感のもてる図工の経験をさせるにはどうしたらいいのでしょうか。

私の授業では、子どもたちのやってきた失敗のアレコレに寄り添いながら、(経験をあぶり出すのが実際ですが…)あんな失敗、こんな失敗を解消する秘策があると(ちょっと大げさに)次のような指導や助言をしています。


☆着色準備の4ステップ

①色をつくった筆は、②いったん洗って、③余分な水をふきとり、④絵の具を含ませてから画面にのせていきます。

この方法で着色すれば、ボトボト塗りはなくなります。絵の具も乾きやすく、にじみも少なくなります。つまり大半の「あ~あ」を解消することができるのです。

そして、これは案外小学校で指導者が放置していることの多い絵画指導の基礎基本なのではないでしょうか。

にじみの効果をねらった描画法(先に画面に水を塗る方法もあります)にはもちろんあてはまりません。しかし、この4ステップは中学年までに身につけておくと描く力をグンと伸ばすことができます。


◎着色の手順の獲得(結果を先読みする力をはぐくみます)具体的な指示は次の通り。

☆着色の基本手順

□背景・広い面を先に。(水分多めのうすい絵の具が望ましい)→メインを引き立てる。
□となりや別色の重ねは、乾いてから。(次に着色する絵の具は少しずつ水分を減らしていく) →はみ出しをカバー。
□メイン(主となるもの)は細かい筆使いで、塗るというより点や線で描く。(水分少なめ)→変化で目を引く。

☆用具を正しく使う習慣を身につける。

□パレット…絵の具を出すところ(個室)と混ぜるところ(運動場)の使い分けをする。
□水入れ(筆洗)…各部屋の役割(筆洗い用、すすぎ用1・2、澄んだ水用)をはっきり分ける。
□筆ぞうきん…常に筆先を整え、水分量を調整するのに使う。
□筆…描画特性(点・線・面)とそのサイズに合わせて、筆の大きさと形状を選ぶ。
□絵の具…より少ない混色によってより自然に近い色をつくる技能を経験によって積み重ねる。
□試し紙…実際描画する画用紙を小さく裁断して手元に置いておく。紙質や紙色で微妙に変わるものである。
□色見本…同じ色とまではいかないが、配色を考えるのに手元にあるとイメージがわきやすい。
□敷き紙…机に絵の具がつかないようにと端っこで筆を止めることがないように気を配らせる。
□机…教室で授業をするとき、画用紙の向きに合わせて机の向きを変え、画用紙が折れ曲がらないように配慮する。

◎心に響く一声

☆私が使っているフレーズは「筆は心の先」です。(スローガンは何でもよいのですが…)ていねいにねらいをもった筆使いを心がけさせたいとの思いからひねり出した言葉です。

例えば、空はどんな方向で筆を進めていったらいいのでしょうか。飛ぶ鳥を描きたいときなら、荒々しい、勢いのある線描も動きのあるすてきな画面が描かれるでしょう。穏やかな風景ならば、極力、描線は目立たない方がいいかもしれません。

この例のように、描こうとする画面にねらいをもって、「心を筆先に込める」という精神性がどうしても絵画には必要だと思うのです。

丸いものは丸く、鳥の羽毛はその毛一本一本に集中して描くことが求められるでしょう。そんな「心」を感じる、あるいは感じさせる活動でなければ描く意味がないというくらいの声掛けをしてもいいほどです。

その、心を筆先に込めるポイントとして筆の種類に応じた持つ位置の対応に気配りが要ります。面相筆のような細い線を描く時ほど、筆先に近いところで筆を持ちます。自然にそうなる子と実は気づかない子がいて、成功体験の積み上げに開きが出ると考えられます。

◎色づくりについて

☆混色のイロハ

□原色と二次色、三次色の経験値を上げる。

いわゆる絵の具の三原色は赤・青・黄です(マゼンタ、シアンはまだ一般的な絵の具セットには加えられていませんから)が、便宜上これらの色をここでは一次色と呼ぶことにします。

では、赤+青→? 青+黄→? 黄+赤→?これらはすぐにイメージできなければなりません。

それぞれ、紫、緑、橙ですが、これを二次色と呼ぶことにします。

それでは、さらに赤+紫→? 青+紫→? 青+緑→? 黄+緑→? 黄+橙→? 赤+橙→?

一次色に二次色を足した色は、さしずめ三次色と呼ぶことができるでしょうか。

これらの色は、赤紫、青紫、青緑、黄緑、黄みの橙、赤みの橙といった色名で呼ぶことができます。(PCCSの色相名みたいですが…)

実はこの種の三次色は大抵の子どもたちが容易にイメージできるものです。

ところが、赤+緑→? 青+橙→? 黄+紫→?はどんな色になるでしょうと訊ねると子どもたちは答えに窮し、「変な色」「汚い色」「何かわからん色」などと答えます。

それらの子どもたちの答えはすべて正解だと思います。

中学生ではこれらの色の組み合わせを「補色」であると学びますが、そんな専門用語を理解するためにもなくてはならない経験なのです。(これって本末転倒?)

しかしながら色みを判断することが難しい三次色が混色でできてしまう経験は、低学年の色遊びのうちに経験しておきたいところです。子どもたちにはパレットに絵の具が残り、時間も余裕があるなら運動場(パレットの広い部分)を戦場にしてみなさいと言っています。どんな色になるかあれこれ試してから洗い流しなさいと。

そうした経験からミュートカラー(打ち消す色)へと発展していけば、影色に安易に黒を混ぜるだけでない混色へと展開できるのではないかと思うのです。

たとえば、自然の緑に近い、ややくすんだ緑をつくるのに、足すと汚い色になる赤を少し混ぜてみようと教えます。パレットで彩度が落ちて、落ち着いた緑ができるのを目の当たりにした子どもたちは歓声を上げてくれます。

□水というアイテム

絵の具をとく水の量は、紙の色を透かすことで様々な変化をもたらす重要なアイテムです。全体を淡くやさしい雰囲気にするのか、ガッツリとパンチの効いた画面にするのか、それともピントをメインのモチーフに合わせ主題を焦点化した作品を展開するのか。これを左右するといっても過言ではないのが「水分量」ではないでしょうか。それぞれのよさを味わいながら、自分の思いを表現するための手法を自分なりに選べる主体になって欲しいものです。

☆「自分色」というこだわり

もう一つ、混色ということを考えるポイントとして、自分の表したい色へのこだわりがほしいということです。

絵の具メーカーがチューブに詰めた色を一次色と考えたなら、一次色は誰もが簡単に使えるし、個性的な表現につながりにくいということを意味します。気づけば、クラスの大半が同じ青で空を描いていたり、木の幹はチューブの茶色をそのまま使ってしまっている状況があり得ます。「それでは、君たちは絵の具屋さんの手先になっているようなものだ!」ぐらいのことは指導者が熱く語ってもいいのではないかと思います。色は如何様にもつくり出せるのだということをたくさん経験して、自分だけの色表現を展開していくことに価値を見いだせるようにしていきたいものです。

☆陰影の見方、考え方

「ナチュラル・ハーモニー」という考え方があります。これは自然界の陰影に見られる色の見え方ですが、わかりやすい例ですと、たとえば木の葉が挙げられます。枝に繁った葉を観察すると光の当たっている緑は黄みがかって明るく見え、陰の部分は青みがかって暗く見えます。

その見え方を一つの視点として示し、表現に取り入れることを経験すれば、不用意に黒を混ぜたり、影を黒で塗ったりというようなことを避けることができますので、色彩豊かで明るい画面が得られます。また色による立体表現にさえつなげることができるでしょう。




水彩画の表現については、まだまだ挙げなければならない点はあるでしょうが、とりあえず最近の授業(愛鳥週間・緑化運動ポスター制作)で取り上げたことがらをまとめてみました。

「着色指導」そのものは、ともすれば小・中学校においては一切なされないことも考えられます。けれど、一握りの子どもたちだけが成功体験を積んで上手くなるだけでなく、どの子にも身につけてもらいたいものだと思っています。

何らかの手立てを示すことができればと考えて、小学生に指導を試みました。絵に親しみ、思いを表現する手段として水彩画をより楽しみながら取り組んでもらえたらという思いでいっぱいです。

久々の更新。あれこれ色々と考えておりました。長い文章におつきあいいただきましたが、何かお気づきの点やアドバイスがありましたら忌憚なくご指摘いただきたく存じます。

また、他にもこんな子どもたちの失敗はどうアドバイスをしているのかなどご質問やご自分の実践などもコメントしていただき是非とも交流を図りたいと思いますのでよろしくお願いします。













前回に引き続き、「自分色」の指導を考え、今日、もう一つの小学校の授業で話したことをまとめて記しておきます。


…今日は、お話の絵の完成を目指しています。とても大事な時間なのですが、あえて私の話を聞いてください。今日は「自分色」という考え方をみんなに提案したいと思います。

「自分色」とは何かをわかって貰うために、その反対の色は何だろうということを考えましょう。そう、私がいつも言っている「絵の具屋さんの色」、つまり絵の具セットにあるチューブそのままの色を自分色の反対の色と考えています。

この間、実は、みんなが絵の具箱にあるチューブから絵の具を絞り、そのままの色を使って絵をかいているところを、私はとても気になりながら見てきたんです。それで、みんながどれだけの色を使えているのか、考えたいと思います。

だいたいの絵の具セットは、せいぜい12色ほどの色しかそろっていないのではないでしょうか。パレットに絵の具をしぼり、そのまま画用紙にぬりつけていく。実際には全部のチューブを使っているわけでもありませんから、色数としてはほんの数個しか作品に使ってないということになりますね。

さて、人の目を研究している人のある説によると、成人、つまり大人の人の目では、なんと、750万色の色のちがいを見分けることができるといわれています。750色ではありませんよ。750万色です。どうですか?凄いでしょう?人間はそれだけの色を見分けることができる。なのに、表現する、つまり絵を描くときは12色足らずの絵の具を使っているに過ぎないとしたらどうなのでしょう。実際、今、みんなの絵には何色ぐらい使っていますか?せっかく見分ける力があるというのに、絵に描くときには使わないというのでは、これは「宝の持ちぐされ」といっても言い過ぎではありませんよね。

そこで、色の広がりや深まりをどんどん経験していくために、私はみんなに「自分色」という考え方を提案したいと思います。

「自分色」をたくさん増やしていくために、3つのポイントで考えたいと思います。


それは、

「色を混ぜてつくろう」
「色の並べ方をくふうしよう」
「色はたしかめて使おう」

です。

図を見てください。

(黒板に赤・黄・緑・青4色のチョークを使い、混色の模式図として色相環を示します。小さい4つの円をハッチングで塗り、2色の間にも同じくハッチングし、円は8個かいておきます。赤と緑、黄と青は両矢印の十字で結びます。へリングの反対色対といったところです。紫のチョークはありませんのでマンセルのような5つの基本色は使いませんでした。「物理補色」のことを考えるとマンセルの方が合理的なのですが…。心理4原色の赤・黄・緑・青、心理補色のP.C.C.S、物理補色のマンセル、子どもたちにとってどれが一番混色・配色のイメージとして自然に受け入れられるのか、なかなか簡単な問題ではありません。)

この図からは絵の具を混ぜたときの変化を見ることができます。色を混ぜることを「混色」といいます。

たとえば赤と黄を混ぜるとオレンジができます。これらの色は似ている色ということになります。ほかにも黄と緑を混ぜると黄緑が、青と赤を混ぜるとむらさきができますね。こうしてできた色は似ている色の仲間です。このように似ている色のことを「同系色」と呼びます。

ところが、黄と青を混ぜた緑はチューブの緑よりもかなり濁った色ができます。赤と緑は混ぜたら一体これは何色なのかと訊かれても、はっきりしませんね。見た感じで全く似ていない、このような色は反対の色ということにしましょう。これを「反対色」と名付けます。

「同系色」を混ぜる時、たがいに同じ分量ずつを混ぜると2つの色の中間の色ができます。赤と黄ではオレンジ、赤とオレンジでは赤みがかったオレンジとなります。

ところが、これらの色は一方が少ないとあまり変化がありません。同系色を混ぜるときは、変化がわかるぐらいの分量を混ぜる必要があります。

では、「反対色」を混ぜるとどうなるでしょう。たがいに同じ分量を混ぜると、にごって灰色っぽくなり、いったい何色なのかがはっきりしないことが多いのです。

ということから反対色を混ぜる時には相手の分量を少なくして、少しずつ色の変化を見ながら調整していくといいのです。反対色の混色からは、元の色に比べて、落ち着いた深い色がつくれるはずです。

ところで、混ぜたらどんな色になるかわからないという人が結構いるでしょう。そんなときは、いつも「たしかめながら」少しずつ経験をつんでいくことが大切です。いろいろと試してみることがみんなの時期には必要なのです。いろいろとたしかめることであなたの「色の世界」は無限と思えるほど広がっていくでしょう。
 
また、様々な色を並べることを「配色」といいます。

似ている色どうしを並べると、まとまりがあり、落ち着いておだやかな感じがしてきます。赤やオレンジ、黄などを並べると暖かく活気のある感じがしますし、青やその同系色を並べると、冷たくて落ち着いた感じがします。このように同系色のグループによって、絵に「寒暖の感じ」を付け加えることができるようですね。

では、反対色を並べるとどんな感じがするでしょう。混ぜるとにごる性質がある反対色ですが、これらは、並べると強さを感じさせます。特に明るい黄と暗い青などの組み合わせははっきりと形を見分けることができ、目立って注目を集めやすくなります。配色もいろいろとたしかめながら経験をつむことが大切です。

さて、配色の力をのばすためには何も絵の具を使わなくてもできることがあります。自分の身の回りにある様々な物に目を向けてみるのです。いろいろな物を見て、きれいだな、すてきだなと思ったときに、その色に注目してみるのです。どんな色の組み合わせなのかをたしかめて覚えておくと、作品に色をつけるときのヒントになるでしょう。

「自分色」で色をつけた作品には、自分の思いがこめられます。工夫して色をつくりだしたのですから、きっと愛着のもてる作品になるでしょう。人が見分けることができる色数は本当にたくさんあるのですから、自分の作品に色をつけるときも数え切れないくらいの色を使って欲しいと願っています。

これからどんどん「自分色」を増やしていきましょう。

…描く手を止めさせて伝えた話はこのような話でした。

そうして、子どもたちのつくった色で作品が彩られたのを発見しては、「いいね。自分色だね。」と声をかけていきます。実際、黒一色、青一色のようだった夜空が授業の中でそれぞれに少しずつ違う色で描かれてきたことで子どもの追求を一端を見ることができました。子どもの満足げな笑顔に、また一つ勇気を貰える授業ができたような気がしました。

今回は、白・黒・灰色を混ぜる点については省いています。水彩画においては、白をまぜることによる白濁が透明感を失い、他の色と合わないことがあったり、影色に黒を混ぜることを安易に教えたくないという思いからでした。補色使いによるミュートカラーやナチュラルハーモニーなど有彩色でできることは多々あります。

そうはいっても白黒を混ぜる場面は出てきます。たとえば、肌色と茶色。いわゆる肌色はオレンジに白、茶色はオレンジに黒としつつも、肌色や茶色は赤~黄の同系色と白、黒との混色でできる幅の広い色であることを示しましたが、これもあくまでも個別対応をします。質問があったときにパレットで本人に実際に混色させ、赤を足したり、黄を足したり、場合によっては黒ではなくあい色を足したりと試行錯誤をさせながら…。

少しでも愛着をもって描くことができればという思いからスタートした「自分色」という提案、いかがでしたでしょうか。
はい。忙しくやっております。本日は試験2日目。早い帰宅となりました。(久しぶり~♪)

来週からは後期授業に切り替わり、前期には週1時間だった中1の時間数が連続2時間となり、ますます授業時間がダダ詰まりとなります。ハァ~っ…うれしい反面、辛いところもあります。

さて、今年も小6はお話の絵に取り組んでいます。

中学校の体育祭、文化祭につづき、二期制の狭間の秋休みと、三週も授業が飛んでしまい、コンクール締め切り間近ということで、先に申しましたとおり本日中学校は前期期末テストでしたので、このときとばかりに補習授業をしに小学校に出向きました。

今日の授業は着色がメイン。

板書したのは、次の通りです。

 下書き→着色 仕上げを見通して計画的に進めよう
          (10/25完成)
 ポイント  段取り上手になろう
 (1)不要な線は消しておく
 (2)背景広い面明るい色から着色しよう
 (3)となりあう色は乾いてから着色しよう 
 
 ポイント  自分色で勝負しよう!
 色は混ぜてつくろう
 色を並べてみよう
 色は十分たしかめてから

でした。

今回着色をはじめるにあたり、押さえたいところはその手順でした。

多くの児童生徒が鉛筆ではノリに乗っていても、着色でがっかり、ひどいときには失敗してやる気をなくしてしまう事例が後を絶ちません。

水彩画法でもあれこれと助言してやりたい手法はたくさんありますが、「話を聞く」のが大の苦手という目の前の小学生にせめて押さえておきたいことは「段取り」と「色の工夫」です。

今年の課題図書から選定したお話は「ベネチア人にしっぽがはえた日」という空飛ぶ魔女や守護天使、お月さまも登場するとてもファンタジックなお話です。

自ずと「夜」の場面になりがちなのですが、定番は夜空に「星」。早速着色を始めた別の小学校で、一筆書きの星に黄色を着色してから、線に気づいて消しゴムを当てるのですが、後の祭り、線が消えずにがっかりという子どもが早々に出てきました。ちょっとしたことですが、気になる子どもは気になるようでした。そこで、後発隊の本日の小学校では、「段取り」という考え方があるということを意識させる手段としても、一つ、これを押さえておこうということにしたのです。

さて、着色に入る場面では、特に、好きなところから色をつけたがる子どもたちが多く、大抵後から複雑な出入りのある隙間だらけの面を一様に塗れずに嫌気がさしてしまいます。

あらかじめ気持ちよくサーっと背景をグラデーションなんぞもかけながら着色をしてやると、次回はその上から細筆などを使って描きたいと思ったところを少しずつ仕上げて行けます。

広い面を先に着色するのは、仕上がりの色のイメージが決まり、大崩れしにくいからです。今回のように期日が迫っている場合は、特にあと少し、あと少しと自分を奮い立たせるために、ヴィジュアルで仕上がりのメドが立ちやすいことが求められます。

乾いてから隣の色を塗るのは水彩画の常識中の常識ですが、無計画な取り組みに多くの子どもたちが泣きを見ます。「段取り」「計画性」は水彩画に見られる、にじみ、色混ざりのトラブルを避けるためにあるようなものなのです。

次にだんだん私の話にじれてくる子どもたちに、端的に伝えたのは「自分色」という提案です。

「自分色」と反対の極にあるのは「絵の具屋さんの色」としました。チューブからの原色、「生色」なんて言い方もします。

一時期(今もあるんでしょうか)、「キミ子方式」などとして赤・青・黄と白だけで描くという手法が図工教育界に一世を風靡しておりましたが、そういった「方式」などはあまり意識下にないのです。いわゆる絵の具セットの三原色では特に紫系が濁ってしまい、全体に低彩度で濁りが気になる私です。でも、チューブの色をそのまま使うことによって生じる、あまりにも同じ青、同じ赤、同じ茶色、影は黒…という短絡的で画一的な色の出方には一定、指導者として危機意識を持っていたいと思っています。色づくりを通して、子ども自身の目と手、イメージと創造力を伸ばし、表す楽しみや喜びにつなげる活動を展開していくために、様々な試行錯誤と経験をじっくりとさせてやりたいと考えます。

今日は、私が「茶色」に「あい色」を混ぜて見せた後、自分でいろいろな焦げ茶を発見(失敗して火がついた)した子どもが、夕日を背に立つ登場人物や家の影法師を得意気に担任に見せるシーンに出くわしました。自分色をつくることは、作品への愛着を強めるものだと改めて実感しました。

「色を並べる」では、同系色で煉瓦を表現したり、家具を描いたりした作品を他の子どもが見とれるという場面が印象的でした。同じ色ではない2つか3つの色なのですが、並べることでできるリズムと共通性による統一感に魅力を感じたのだと思います。色をつくりだす子もそれを見て感じ取る子も授業では貴重な存在です。

「色をたしかめよう」ですが、落ち着いた教室では、この試してたしかめるという活動ができ、力を伸ばします。先に述べたように、「話を聞く」のが苦手な子どもたちです。当然、辛抱ができない子どもが圧倒的に多いわけですから、「試す」「たしかめる」といった慎重な行動ができないわけです。パレットの「教室」・「運動場」の区別もありません。いきなりたっぷり2色を運動場に絞り出し、一気に混ぜようとする子どもも少なからずいます。これでは、色のニュアンスどころではありません。

「やって見せ、やらせて、ほめて、人は伸びる」と言います。今回もパレットの所定の場所に絵の具を出し、混色を目の前でやって見せ、自分でやってごらんとやらせて、同じ色ができたらほめて、色をたしかめながら制作することを一握りの子どもたちにではありましたが、経験させて時間が経ってしまいました。それにしても、2時間続きの授業というのはこうした取り組みがしやすいものです。

おっと、「今日はいろの日」のお話をと思いつつ、図工・美術教育の授業の一コマのちょっぴり恥ずかしいくらいの報告となってしまいました。

あしからず…。
夏休み前に読もうと思って出張のついでに購入していた本を今日は朝から読んでいました。

ちょっとお堅い書名ですが、國清あやか著「学力の質的向上をめざす造形科授業の創造」です。

書店で手にとって読もうと思ったのは、その内容として小学校から「色」を系統的に学ぶ実践が紹介されていたからでした。

氏が「色彩から展開する造形活動」として取り組んでいる実践は学年別に次のような配列となります。

第1学年「いろはかせになろう」…自由に色水づくりをして、できた色水に命名する授業
第2学年「色はかせとうじょう」…言葉や詩からイメージを膨らませ、色水をつくる授業
第3学年「色のまほうつかい」…コラージュ手法で、イメージを何色もの色で構成する授業

今回は、その中で「いろはかせになろう」の実践をじっくり見ていきたいと思います。

この題材では、子どもたちが自分で色をつくり出すことで、美しい色、気持ちに合う色を追求する子どもの思いや、色の変化する要素としての水や絵の具の量、色と色の混色量の重要性を自ら発見していく過程、また色と色の関係を見つけていく過程が大切にされています。そして、できたお気に入りの色に思い思いの名前をつけるという色とイメージをつなげる操作により、色に自分なりの解釈を与え、色が何らかの感情を表現したり、意味を伝える役割をもつことを感じ取ることが期待されます。

色水づくりは、2段階で展開していきます。

まず、三原色の単色でつくります。

最初に指導者が赤の色水を見せ、子どもたちからその色について名前をつけさせます。

先生のつくった赤の色水を、「目で見て」と「心で感じて」の二つの方向から名前をつけさせると、「リンゴ、さくらんぼ、炎、ほっぺた」と「暖かい感じ、うれしい色、やさしい色、おこりんぼうの色」が出てきたと言います。目で見てというのは具体的事物を連想させ、心で感じてというのは抽象的な概念を象徴させてということになろうかと思います。指導者がわかりやすく整理しながら子どもたちから聞き出したものと想像します。また、おそらくここで使った三原色の単色はスカーレット、いわゆる絵の具の「赤」だったのだろうと思います。

私ならば、額面通りの三原色を混色して「赤」をつくり、子どもたちに見せるだろうと思います。なぜなら、この後の二次色、三次色の濁りが子どもたちにやや失望を与えるかもしれないからです。単色のマゼンタからは先ほどの「赤」のような命名の展開が難しいでしょうから、単色の色と水との混合は「マゼンタ・イエロー・シアン」ではさせられないかもしれません。ただ、私のやり方ですと、困ったことが起こります。それは、イエローはともかく、マゼンタ・シアンが子どもたちが普段使う絵の具のセットに入っていないということです。そうしたことを考えると実情として、スカーレットを使わざるを得ないのかもわかりませんね。(小学校の教科書も絵の具の三原色を示すのにスカーレットのチューブを図版にしています。)

ちなみに、私の知る限りでは、減法混色の三原色の絵の具は、「色あそび絵具」「三原色カラー」「ガッシュ プライマリーカラー」が、前2つがターナー、三つ目がホルベインから出ていますが、児童用とすれば「色あそび絵具」が適当かと思います。ポリ容器入りの水性絵の具ですが粘性は低く、ゆるい液体絵の具という使用感です。ターナーの三原色カラーは耐水性のアクリルガッシュと水性絵の具があります。価格は315円と抑えられてはいますが、なにしろ容量が少なく、色づくりを試した後だと一作品でも使い切って足りない生徒もいて意外に不便です。対し、ホルベインは容量は十分かと思いますがWとBkとのセットで1600円ではちょっと手が出せません。

さて、単色の色の命名の後で、子どもたちが絵の具と水をペットボトルで混ぜていき、単色の色水の変化を楽しみます。絵の具と水の量によって濃淡の違いができ、イメージが変わっていく様子を体感します。グシュグシュ、ガシャガシャ楽しそうに振って混ぜる光景が目に浮かぶようです。

そうして友達のつくったいろんな濃淡の「赤」に命名していきます。

「いちごの夕やけ、大爆発、もみじ色、燃える炎は嵐をよぶぜ、ベピア(ベニ・ピンク・アカから)色」

青からは「ゆきぞら、夕焼けの海探検」、黄からは「天使のはね色、レモンの太陽、まぶしい光」それぞれ発見のある素敵な名前ですよね。注目したいのはその命名の中での、次のような感想です。「同じような色なのに、Mさんは『だらんとした色』、Tくんは『さわやかな色』とつけているのがおもしろいとおもいました」とあるのです。こうして教室ではさまざまなとらえ方があることを学びあうのです。それを素直におもしろいと感じる心をどんな場面でも伸ばしていきたいものです。

そしてさらに、できた3つの単色を少しずつ混ぜて二次色をつくります。

楽しい命名ができた後ですから、子どもたちはすでに単に混色を試すだけでは満足していません。絵の具を追加したり、水を増やしたりの試行錯誤が続いたようです。

続いて命名。「ゆうれいいろ」「地獄いろ」「夏のはっぱいろ」「しょんぼりしたいろ」「おとうさんのいろ」…。

ステキですよね。こうして色が何かのイメージと結びつくことを知った子どもたち。色を見る目が格段に違ってくると思います。

ところで、イメージを言葉に置き換える操作は学びにとって大変重要です。それは思いや考えを言葉を介して互いに共有できるからです。ところが、案外大人の側が対応していないことがあります。というのも、最近小学校で次のような場面に出くわしたのですが、そんなことが往々にしてあるのです。やはり低学年の子どもでしたが、ペットボトルに透きとおる赤紫の色水を手にとても大事そうに階段を上ってきたのです。私がその色に気づいて思わず見つめると得意そうにその子どもは私によく見えるように見せてくれたのでした。「きれいな色だね」そう言うとこっくりうなづきました。後ろから草花の絞り汁を水で薄めてつくったものだと学年の先生が教えてくださいました。私に機転が利けば、たとえば「ブドウのジュースみたいで美味しそうだね」などと具体的に声がかけられたのでしょうが、単に「きれいな色」で終わってしまったのです。その点、件の色水に命名する実践では教室で様々なイメージが色につけられ、経験として豊かな色体験へとつながっていくだろうと思われます。

さて、この後、できた色水のペットボトル200本以上を同じ「色の家族」に分け、薄い色、濃い色の順に並べ、似ている順に並べ環になることを学んでいきます。その過程で次のような感想が載せられています。

「はじめのうち、色の家族で色水を仲間分けしていると、赤の家族に入れたらいいのか、青の家族に入れたらいいのか、なやむ色がありました。それを赤と青の真ん中においたら、どんどん色水のわができました」と。試行錯誤を経て発見したことは子どもたちにとって大変貴重です。

こうして並べたペットボトルを使い、クラスのシンボル「巨大でんきちくん(でんでん虫)」として共同制作へとつなげていきます。また、さらに今度は自分のねらい通りにお気に入りの色水をつくらせ、命名するまで取り組みは徹底して進みます。

1年生でこうした「いろはかせ」になる取り組みをした後、2年生では言葉や詩のイメージで色をつくる段階へとステップアップしていきます。

低学年のうちにこうした豊かな色彩経験を積んでいるというのは造形的な基礎としてはとても心強いものです。色を自分の持ち玉として「表現」や「鑑賞」につなげていく道筋が形成されていくように思います。

今、中学生には三属性をはじめ色彩の基礎用語を身につけさせています。共通概念で指示や意図が効率よく通じるために有効だと考えるからです。ところが、混色、配色の経験が浅いせいか、なかなか落ちてくれないときがあります。ひどいときにはそうした用語を使った会話が生かされず、結局具体的な指示を出さなければならないことすらあります。「○色と○色を何:何の割合で混ぜてみよう」の類です。貴重な絵の具を無駄遣いさせるわけにはいかない場面では、こちらも必死。「おい、ここで実験をするな~」てなもんです。低学年のうちにたっぷり実験して経験を積み、大きくなってきて欲しいものです。

色を小学生から系統的に学ばせる心強い実践としての色水づくり「いろはかせになろう」。大いに参考になりました。
8月9・10日の日本美術教育学会(東京大会)に一般で参加してきました。遅ればせながら報告をさせて頂きます。

研究発表は全部で17本。そのうちの8本と2つの記念講演並びに共同討議と、フルに拝聴して参りました。

個々の研究発表についてはそれぞれに色々と感じるところがありましたが、今回は2つの記念講演についてあくまでも備忘録として記しておきたいと思います。

 
その第一弾は、1日目、早稲田大学教授 丹尾 安典氏の「視覚のなかのアイデンティティ-<個>の表現と<公>の表現をめぐって-」というタイトルの講演でした。記録したメモと記憶とをたどって再現してみようと思います。

長いので…
生徒会タペストリーとは、赴任以来担当して今年で8枚目になる、毎年の生徒会テーマを旗にしたものですが、今年も家庭訪問期間中放課後の学級旗制作が終わり、いよいよその取り組みが始まりました。
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制作は生徒会本部の中から数名の担当者の他は1年から3年の有志を募って、放課後、部活動との両立を図りながら行います。

1年生で参加する生徒は毎年大変少ないのですが、ここ数年の様子を見ていると1年目に参加した生徒は続いて参加し、その経験を次の代へと受け渡してくれています。

完成すると裏面に制作にかかわったメンバーがそれぞれ思い思いのサインを残すのですが、3枚名前を書いた!と得意満面の生徒もいます。

さて、その第一回の制作有志全体会に三十数名の参加者が集ってくれました。

本番の終わった吹奏楽部員や春季体育大会で勝ち残れなかったクラブの部員も姿もありましたが、放課後の逃げ場所だけの存在にならないようにしっかり見守って行こうと思います。


さて、そのようなメンバーに原画用紙を配り、この4連休を使って描いてくるように指示して会は終了したのですが、その場に残って描いてもいいかという要望。早々にクラブの練習に切り替える生徒ばかりではありませんでした。

支障がなければと念押しして短時間居残りをさせました。

すると…。

そのメンバーは2年生の子どもたちでしたが、1年生の最初に美術の授業でやった『ブレーンストーミング法』(短時間により多くのアイデアを出す発想トレーニング法)を思い出したようです。ある簡単な図形を提示し、何に見えるか、またはその形を使って絵を完成させるというもので、限られた2、3分の間に、より多く、よりユニークなものを目指して全力で当たらなければならないというルールで取り組む訓練です。

それがなぜここで?と思っていました。それもそのはず。今年の6年生の初授業に2クラス取り組んだのですが、その授業を受けた弟君がそのことをお家で話したそうで「あれは難しくて苦手や」と話す生徒に対して、「いやいやおもしろくて好き」と横から別の意見も出て賛否両論そろいました。

そのうち、「先生、やりたい。問題出して!」とリクエストが…。

意外なリクエストはとてもくすぐったい思いがありましたが、これで案外出題者にとっては難しいものなのです。はてさて、どんな問題を出そうか…。

結局即興で私から2問。そして「問題を出したい」という生徒から1問。続けて絵を完成させるお題が出されました。子どもたちが自発的に取り組む場面はおもしろい体験でした。お題を出したいと言った生徒が一番頭を抱えていたのが印象的でした。確かに難しいのです。こんなことのためにもネタは持っておかなければなりませんね。

タペストリーの原画づくりが思わぬ展開となったわけですが、こうした遊びの中に授業のネタが使われるというのは嬉しいもの。それが豊かな発想につながり作品にも反映してくれると一層喜ばしいのですが。

連休明けの原画がちょっぴり楽しみです。
-ぼくたちは岐部先生と出会った。いつか追いつきたいと思った。-

先生と教え子のコラボレーション 『岐部琢美』展

会期は4月30日~5月6日まで。静岡県藤枝市にあるアートカゲヤマ画廊にて開催。




先月、高校時代の恩師である岐部琢美先生が退官されると聞き、教え子が集まって「囲む会」を開いた。私の学年から全く知らない代のメンバーも集まっていた。師は武蔵野美術大学を卒業して、37年間県立高校で教鞭を執りながら、独自の「鉄」の世界を築いてこられた彫刻家である。今回の展覧会は師の作品と共に、師が赴任した4つの高等学校の教え子のうち作家として活動している者やデザイナー、会社経営者、学芸員などがそれぞれの仕事に絡めて出品し、開催しているものである。

私はこれといった作品もHPも持ち合わせていないので参加は辞退したが、師への思いは決して他のメンバーにひけをとることはないと自負している。

母校、藤枝東高には私が1年生の時に師は赴任してきた。まだ30歳になったばかり。甘いマスクで高校生の私でさえ色気を感じる魅力的な美術教師だった。

赴任早々、物置同然だった美術準備室を教官室として再生。電気ポットでお茶を沸かす、その教官室では「美術手帖」はただで見せてもらえるし、なにより生徒作品の魅力を本当に感心したという感じで話してくれる先生の言葉や、印象に残っている作家ではジャコメッティーのことを熱っぽく語ったり、自らの彫刻について語ったりするお話を聞くのが楽しみだった。

そしてその空間は美大受験のための指導室となった。夏を過ぎると美大受験を目指した先輩がデッサンを始めた。地元では進学校としてちょっとは名が通る学校だったが、美大ではあまり実績があったとは記憶していない。

師が最初に指導したのはM女史。中学校では水泳部で鍛えた私。美術部にいることが美大へつながることなのだと、そのとき初めて自覚した。

次の年、ストイックとも言える1年上の先輩が、やはり学芸大を目指して指導を受けていた。教官室に踏みいることは自然と憧れとなった。もちろん、部員が教官室に入室することは当然あったが、そこでイーゼルを立て、直接の指導を受けたいという思いはいや増しに増した。

そして3年生になった春から私は、受験で合流したメンバーと共にデッサン指導を受けた。いつか先生と同じ世界に身を置いてみたいという思いが美大志望へと駆り立てた。

すでに兄2人は京都の私大に通っていた。私はどうしても進学したい。美術部に入り、日がなデッサンや油絵に熱中する姿に、薬剤師を薦めていた父は、その願いを取り下げ、夏休みに2週間の名古屋での夏期実技講習会に参加させてくれるまで理解を示してくれた。

美術に進む。その志望は固かったが、浪人はできない。しかも末っ子で女の私が親に願い出るには国立大学しかなかった。

そんな私に先生が示して下さったのが京都教育大だった。前任校の教え子が行っている。私にはうってつけの大学だと薦めて下さった。同じ教育学部でも地元の大学には全く食指が動かなかった私は、強い憧れを持って志望することとなり、一層デッサンに身を入れたものだ。

たしか3年の時だったと思う。静岡で部展を開いた。このことは私たちにとっては大きなイベントであった。私は50号のキャンバスを横並びに2枚継ぎ足して「支配の関係」という作品を発表した。この作品は、乾ききった地面の中に半身埋まりながら、無数の鳥が羽ばたくのを足に紐を付け束ねている巨人を、まさに支配しているかのように半分勝ち誇ったように、女神が薄笑いを浮かべ眺めているといった情景を描いたものだ。自らの自由を獲得したいという願望と周囲を思い通りに支配したいという相反する願望の表出なのだが、私の作品の中では一番大きな作品である。

件の「囲む会」で、師はその作品のエピソードを話された。作品自体の内容はともかく、油絵で50号をつなげて1作品にする発想は珍しいと。赤面したが、もう30年近くも前のことである。それを覚えていて下さったことに驚いたし、同時にありがたいことだと思った。

また、その展覧会場で同じ日に別の高等学校がやはり部展を開いていた。写実的でうまい絵が並んでいた。そのうまさに目を奪われている私たちに、師は声をかけた。「どれもみんな同じじゃないか。お前たちの作品はひとつも同じものがない。その方がいいに決まってるじゃないか。」と。その言葉は私たち一人一人を勇気づけた。その意味するメッセージは私の中で今も強く光を放っている。

そうだ。こうしてあなたの後を追い続けて美術教師をしている。あなたに教えていただいたことは本当にたくさんある。陳腐な言い方だが、断言できる。あなたとの出会いがなかったら今の私はいないと。なかなか追いつくことは難しいが、惜しみなく教えること、いつも理想を語ること、そして自分自身が追求し続ける姿をずっと見倣って行きたいと思っている。
by my-colorM | 2007-04-30 19:49 | アート