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夏休みまであと1週間となりました。
毎日深夜帰宅の2週間が過ぎ、今日ようやく自宅でゆっくりしています。

前回の話題は忙しい中でもホッと一息の映画鑑賞のお話でしたが、
この2週間はもうそれどころでは…。

PCもおちおち開いていられないほどのハードな毎日でした。(ハイ、言い訳です!)

まず何が私を忙しくさせたかというと、次のTo Doをご覧になると明らかです。

○宿泊学習6/26・27。保護者会7/3夜に向けビデオ編集。→1日に完成し学年主任に。
○3年生三者懇談用仮評定(進路指導含め、学習の進め方を考えさせる資料です)作成。7日締め切り。
○2年生焼き物の授業準備。追加道具発注。班別に道具を仕分け→7日・9日授業実施。
○パパ、ウィルス性腸炎。39度の発熱でダウン。先週は予定の土曜出勤足止め。
  日曜出勤で焼き物の道具準備を間に合わせる。
○PTA広報の準備と支援(夜会合)。→昨日ようやく業者に原稿を納めることができました!
○1年木曜朝学習→これまでの授業のまとめとなる美術・色彩用語のクロスワードパズルを作成しました。
○1年生文化祭展示企画。→「キッズゲルニカ」に取り組むことに決定!(また忙しくなるなぁ。)
○7~10日計4回放課後焼き物補習。未完成者のケア。→事後、後片付けが毎回2~3時間。
○夏休みの宿題配布準備。→ガイダンスのプリント作成。四つ切りケント紙を巻いてゴム止め。
○この間、小中とも平常授業。補習以外は部活動。


…と、我ながら超ハードな2週間でした。

さて、本校は一般教室と違い、美術室にはクーラーがついていません。しかも美術室とは廊下を挟んで向かい側に一般教室が並ぶというちょっと変わった教室配置になっています。一般教室でクーラーを入れると窓やドアが閉じられ、風通しが非常に悪くなります。暑さに耐えられず、壁付きの扇風機をフルに回すのですが、熱風をかき回しているという状態です。

そんな中、例年通り焼き物の授業(もちろん補習も)を敢行しました。これには少し事情が…。焼き物の授業では粘土ももちろんですが様々な道具を使います。その準備や管理が煩雑で、美術室での他学年の授業は絶対に避けたい。(というより物理的に無理!)しかもこの時期は教室ではクーラーが効くので、大抵の生徒は暑い美術室でのテンションがまるっきり下がります。

そこで、わざと「暑すぎる!私も教室で涼しく授業をしたい!」と、半ば強引に他学年の授業は教室で行う提案をし、またそれにあう題材を設定するのです。一方焼き物の授業の当該学年には暑いけどここで頑張れば夏休みに焼いてもらえるし、きっと夏休み明けに作品にご対面だと言い聞かせて授業をするのです。今やらねば、文化祭にも出せないのだ!…とも付け加えて。

ところが扇風機を回すと粘土がすぐに乾くので実際には扇風機も止めての作業となります。ほとんどの生徒がやり始めたら完成させるまで必死の作業となりますので、暑くても何故か文句もなく無風の美術室に耐えてくれます。

この題材のために、かなり前から教務の先生に相談して、2年生ながら2時間続きの授業設定とできるだけクラス間の空き時間をとってもらうことで、道具のケアや放課後補習の設定をしやすく工夫します。授業の度、補習の度の道具をケアが本当にバカになりません。

では、そのケアの内訳を紹介しましょう。

うちで使わせている道具は、

4人班の道具箱に、約20cmの5mm厚たたら板(8)、粘土用カッター(2)、切り糸(1)、かき出しべら(1)、木ぐし(1)、抜き型(ハート・楕円・丸型他数種)、切り針(1)、切り弓(1)、竹串(4)、ゴムベラ(1)、なめし革(2)、どべ(タッパー入り1)をセットしています。どれも細々とした小さい道具ばかりですが。

板づくり、手びねり(二つ割り)、ひもづくりに対応する道具となります。全市の作品展を見ると他校ではとても念入りに作られた精巧品が出品されるのですが、聞くと何週にも及ぶ制作期間を要しているとか。しかし、うちは二週、三週にまたがって授業はしません。というのも二週目に気に入らない部分が見つかるとすぐに作品をつぶしにかかる生徒が後を絶たず、授業でのねらいである加飾やかんな削りなどの仕上げの工程が成立しないことが十分予想されるのです。なので、仕上げ用の道具にはあまり厚みのない道具選定となっています。

さらに、各自に粘土板を使いますが、マーブルボードという再生粘土板が安く、扱いも簡単なので長年採用しています。以前、赴任してきた時に上等な板の粘土板があったのですが、忙しさにかまけて水洗いしたまま拭かずに雑然と重ねて置いてしまったら、気づいた時にはすでに遅く、反るわ隙間ができるわで何枚もダメにしてしまいました。予算的にも余裕のある学校ではありませんので、その補充のために高額の粘土板には手が出せませんでした。マーブルボードは若干小さいし、粘土による染まりもかなりありますが、手入れの楽さと値段の安さ、そして「再生品」というところが子どもたちにも紹介しやすく、即採用と相成りました。

また、板づくり用に用意している粘土のべ棒(のばし棒)は表面にキズがあると平らな面がつくれません。この棒、同じ長さだとすぐに太鼓のバチ代わりにして机の角に打ち付け、凹ませてしまう子どもが出てきます。なので、わざと長さを変えて班に2本ずつ渡します。転ばぬ先の杖かな。お陰で穴ぼこ被害は毎年若干少なめです。

粘土用サークルカッターは丸い土台づくりに便利なので昨年採用しました。コンパスで型紙を作らせるよりは柔軟で手軽です。ちょっと値が高いので昨年3セット、今年3セット追加して現在6セットあります。

毎年カタログを見ながら少しずつ道具の充実を図ってきたのですが、今年は切り弓となめし革を採用しました。今年の作品は「家で使える焼き物」をテーマにしましたので、皿・コップ・茶碗などが増えると考え、口あたりをなめらかにしたい生徒が増えるのではと考えました。また、いくら助言をしても板づくりにしたときなどにどうしても作品が粘土板にひっついて剥がれない!という生徒がいますので、今年はスケッパーを用意しました。以前は片栗粉なども置きましたが、ビニール袋の中でカビが生えるのが気になり、それは止めています。こちらの使用頻度は結構高かったので、あと2枚は欲しいかな。

さて子どもたちは4人班で係分担をして授業に取り組みますが、これがなかなか…。普段の授業や学校生活できっちり班活動をさせていれば慣れたものなのでしょうが、うちの学校の弱いところでしょうね。分担は道具材料を取りに来るときだけは機能しますが、後片付けともなると俄然厳しくなります。進度がバラバラな中での片付け指示の頃合いが難しい。結局、最後まで粘る生徒がいる班、横着者の集まりの班ともなると、整理して渡した道具箱に粘土付き道具が乱雑に放置されてしまいます。もちろん机の上も粘土だらけ。彼らには次の授業の始業チャイムという味方がついています。コントロールの利くクラスでも完璧な後片付けができる班は限られます。さすがに授業中に粘土を床に落とす例は少ないのですが、これが放課後の補習ともなるとメンバーによっては一気にロストコントロール状態に陥り、足下に粘土が落ち出します。

なので、授業後、空き時間をつくってもらい、また補習後にも時間を掛けて道具再セット。床や机もチェックして、次の授業・補習までにコンディションを整えます。少なくとも授業で初めて使用する時には粘土のこびりついた道具を絶対見せたくない。それが9班分のセッティングとなるので、繰り返しのケアを強いられるのです。

そんな苦労が絶えない題材だけれども、焼き物は本当に楽しい!

材料の粘土は固くなっても再生は簡単にできますし、つくりかたもバリエーションに富んでいて、しかもひんやりした触感や頻繁に水を使うところが夏題材として申し分ありません。実はもうかれこれ7~8回目。テーマは毎年少しずつ変えながら取り組んできました。昨年は「ランプシェード」、以前「焼き物オブジェ」という年もありました。これもおもしろい取り組みでした。

今年、1人の生徒が授業中、手びねりで進めてきた大きめの器がどんどん伸ばすものだからだんだん側面が薄くなり、しまいには穴があきました。しかもずっと土台を粘土板から外すことなく作業を続けていたので、最後には作品を剥がすこともままならず、100%納得できずに授業を終了しました。なのでその日の放課後に開いた補習に約束通りやってきました。彼はその日部活に行きたかったのですが、放課後も悶々としながら完全下校まで掛けて、似たような失敗を繰り返しました。挙げ句、キレて言いました。「粘土なんて大っ嫌い。ほんま腹が立つ。明日の補習は絶対来ないから!!」と。周りがどんどん作品を完成させて、満足げに帰っていくのがよほどうらやましかったんでしょう。誰に怒っているんだか、珍しく反抗的な態度で「もう来ない、もうやらない!」と捨て台詞を残して帰っていきました。

私はあとからその様子を担任に告げ、「一言励ましてやって」と添えました。担任の声かけがあったのかは分かりませんが、次の日の補習でペタっと私のとなりにひっついて作業を始める姿がありました。ぽつんと「○○君のようにツルッとした作品が作りたいんや。」といいます。「それなら板づくりでつくろう。」と提案しました。

見ていると彼は、粘土板の上でろくに粘土を練りもせず、また形を整えもせず、いきなりたたら板を渡してのべ棒を粘土の塊の端から思い切り押しつけていきます。どうしたら形よく円形の板ができるのかを全く想像していないようなのでした。私は「まず少しとってお団子をつくってごらん。」と指示し、「それを粘土板に手の平を使ってグッと平らに押しつける。」そして、「ここでたたら板の登場。」たたら板の間に丸い粘土の厚板が置かれたところで「のべ棒は真ん中から少しずつ広げて、同じ方向でばかり回転させると縦に伸びてしまうから粘土を剥がして置き換える」といい、きれいな丸い薄板ができていく様子を一緒に確認しました。「いい?これからサークルカッターで円に切っていくけど、もういっぺん粘土板から剥がして乾いた所に置き換えてね。」そして、「サークルカッターは粘土のど真ん中に合わせて置いて。」「どのくらいの大きさにできるかシミュレーションしてから切り針をグッと差して回転させる。」そういってやらせていくうちに、きれいな円形の粘土の板が粘土板の上にできたのを見て、彼ははじめて「おもしろい。」と微笑みました。

その様子を見て、「今日は来ないって言ってたやん。」と声を掛けました。すると「しょうがないやん、今日は塾もあるし、部活も中途半端になるし…。」とよく分からない返答が返ってきました。「昨日は反抗的やったよね。」すると「だって、粘土が思うようにならなかったから。」と。「こうしようと思ったらそうなるように準備したり、先を読んで行かなきゃ。それに分からないことがあったらさっきみたいに私に相談すればこうやってうまくいくように教えてやれるんだよ。」そういうと本人、どうやら納得したようでした。その後彼は最後になめし革で表面を前日とは比べようがないほど美しく磨いて作品を仕上げて帰りました。

授業ではなかなかこうしたやり取りは難しいですが、補習で任意の参加ともなるとゆったりと少人数の生徒の相談に応じたり、くだけた会話も弾みます。

こうして怒濤の4日間を費やした焼き物の題材がほぼ終了。若干名の生徒の補習を残すのみとなりました。

来週は美術部でのシルクスクリーンのTシャツ制作です。これがまたおもしろい!!
まだまだ、夏休みまでに一山ありますがあと一踏ん張りです。


本日「色彩指導者養成講座」のテキストが午前中に届くので何よりも楽しみ。
忙しかった私に「自分の時間」をしばし返してもらう予定です。
図工の専科として小学校に兼務して3年目となります。2年間の経験から、今年受け持っている6年生には、水彩画の着色についていわゆる「絵画指導」をあえて試みています。技術を教え込むことについてはいろいろな意見があろうかと思いますが、様々なぼやきや絵の具嫌いを耳にし、目の当たりにするにつけ、これは手を打たなければという焦燥に駆られてのことです。

失敗の中から経験を積むのだと突き放したところで一向に改善が見られませんでしたし、躓きに対して個別にしたアドバイスで救われた様子の子どもたちを数々見てきました。その経験から、これは、一斉指導でしっかり押さえておく必要があるのではないかと思い立ったのです。

低学年、中学年、高学年と着色については発達段階に応じた指導支援があるだろうと思いますが、私なりに気づいたところ、押さえたいところを高学年を中心に記しておきたいと思います。



さて、鉛筆で下絵を描くところまではうまくいっていたのに、絵の具を使い出したとたんに「あ~あ」、「絵の具って大嫌い!」という子どものぼやき声をよく耳にします。

絵の具で描く経験の浅い子どもたちに授業で指導している「着色の要点」をまとめました。

◎はじめに…〈子どもたちはどんな失敗をしやすいのでしょうか。〉

《陥りやすい失敗例その1》絵の具がボトボト。はみ出す、たれる、下の色ににじんで広がる…。

理由:パレットで絵の具や水を混ぜると、筆には多量の水分がたまっています。これを不用意に画面にのせた結果、余分な水分が画用紙にのり、上に示した失敗につながります。

《陥りやすい失敗例その2》塗り残しが白ウキし、雑に見えてしまう。未完成に見える、ムラ塗りも…。

理由:子どもたちはメインとなる描きたいものを先に描きたがります。低学年・中学年の水彩導入期ならば線描が主体ということが多いかもしれません。描きたいものを描いたあとから白い部分に背景を塗り込むのは色ムラの原因となります。

《陥りやすい失敗例その3》見せたいのはどこ?何がメインなのかさっぱりわからない絵。

理由:人の目は変化に強く反応します。ぼやけた画面よりもはっきりくっきりしたところに目がいきます。全体にピントが合っている写真よりも被写体にピントが合っている写真の方がメリハリや奥行きが出て、ねらいが明確で魅力があるのと同じです。
ところが彩色上こうしたメリハリづくりに意識が働かないのが実情です。結果着色したら、わかりにくい絵になってしまうことが多いのです。鉛筆画は線によりイメージを形で表しますが、着色によって点・線・面の複雑な形になるだけでなく、そこに色の要素も加わり、実際整理しないと混乱してしまいます。

《陥りやすい失敗例その4》絵の具のむだづかいや画一的な色づかいに。

理由:人の目は成人で750万色の色を見分けることができるといいます。しかし、絵の具メーカーではJIS(日本工業規格)に基づく色管理のもと、代表的な色を10数種類製造し箱詰めしています。そうした基本色はその混色の組み合わせと水の量とで二次色、三次色…といくらでも色を作り出すことができます。
ところが、混色の経験が少ない生徒は、単純な原色の組み合わせであっても、混色結果をイメージすることが難しく、子どもによっては、探求のあまり、闇雲に混ぜて絵の具を無駄にしてしまったり、色づくりが不十分なまま着色してしまう、もしくはチューブのままの色ですませてしまうなどが現状です。


◎これらの失敗はどの子どもも大なり小なり経験しています。しかしそのような失敗を自覚させ、その原因を考えさせ、自分なりに対策を講じる手立てを見つけさせさえすればいいのです。それをせずに放っておくと、短絡的に自分には絵の具は向いていないとの苛立ちを生み、絵の具嫌い、ひいては絵嫌い、図工嫌いにさせてしまうことさえあります。

達成感のもてる図工の経験をさせるにはどうしたらいいのでしょうか。

私の授業では、子どもたちのやってきた失敗のアレコレに寄り添いながら、(経験をあぶり出すのが実際ですが…)あんな失敗、こんな失敗を解消する秘策があると(ちょっと大げさに)次のような指導や助言をしています。


☆着色準備の4ステップ

①色をつくった筆は、②いったん洗って、③余分な水をふきとり、④絵の具を含ませてから画面にのせていきます。

この方法で着色すれば、ボトボト塗りはなくなります。絵の具も乾きやすく、にじみも少なくなります。つまり大半の「あ~あ」を解消することができるのです。

そして、これは案外小学校で指導者が放置していることの多い絵画指導の基礎基本なのではないでしょうか。

にじみの効果をねらった描画法(先に画面に水を塗る方法もあります)にはもちろんあてはまりません。しかし、この4ステップは中学年までに身につけておくと描く力をグンと伸ばすことができます。


◎着色の手順の獲得(結果を先読みする力をはぐくみます)具体的な指示は次の通り。

☆着色の基本手順

□背景・広い面を先に。(水分多めのうすい絵の具が望ましい)→メインを引き立てる。
□となりや別色の重ねは、乾いてから。(次に着色する絵の具は少しずつ水分を減らしていく) →はみ出しをカバー。
□メイン(主となるもの)は細かい筆使いで、塗るというより点や線で描く。(水分少なめ)→変化で目を引く。

☆用具を正しく使う習慣を身につける。

□パレット…絵の具を出すところ(個室)と混ぜるところ(運動場)の使い分けをする。
□水入れ(筆洗)…各部屋の役割(筆洗い用、すすぎ用1・2、澄んだ水用)をはっきり分ける。
□筆ぞうきん…常に筆先を整え、水分量を調整するのに使う。
□筆…描画特性(点・線・面)とそのサイズに合わせて、筆の大きさと形状を選ぶ。
□絵の具…より少ない混色によってより自然に近い色をつくる技能を経験によって積み重ねる。
□試し紙…実際描画する画用紙を小さく裁断して手元に置いておく。紙質や紙色で微妙に変わるものである。
□色見本…同じ色とまではいかないが、配色を考えるのに手元にあるとイメージがわきやすい。
□敷き紙…机に絵の具がつかないようにと端っこで筆を止めることがないように気を配らせる。
□机…教室で授業をするとき、画用紙の向きに合わせて机の向きを変え、画用紙が折れ曲がらないように配慮する。

◎心に響く一声

☆私が使っているフレーズは「筆は心の先」です。(スローガンは何でもよいのですが…)ていねいにねらいをもった筆使いを心がけさせたいとの思いからひねり出した言葉です。

例えば、空はどんな方向で筆を進めていったらいいのでしょうか。飛ぶ鳥を描きたいときなら、荒々しい、勢いのある線描も動きのあるすてきな画面が描かれるでしょう。穏やかな風景ならば、極力、描線は目立たない方がいいかもしれません。

この例のように、描こうとする画面にねらいをもって、「心を筆先に込める」という精神性がどうしても絵画には必要だと思うのです。

丸いものは丸く、鳥の羽毛はその毛一本一本に集中して描くことが求められるでしょう。そんな「心」を感じる、あるいは感じさせる活動でなければ描く意味がないというくらいの声掛けをしてもいいほどです。

その、心を筆先に込めるポイントとして筆の種類に応じた持つ位置の対応に気配りが要ります。面相筆のような細い線を描く時ほど、筆先に近いところで筆を持ちます。自然にそうなる子と実は気づかない子がいて、成功体験の積み上げに開きが出ると考えられます。

◎色づくりについて

☆混色のイロハ

□原色と二次色、三次色の経験値を上げる。

いわゆる絵の具の三原色は赤・青・黄です(マゼンタ、シアンはまだ一般的な絵の具セットには加えられていませんから)が、便宜上これらの色をここでは一次色と呼ぶことにします。

では、赤+青→? 青+黄→? 黄+赤→?これらはすぐにイメージできなければなりません。

それぞれ、紫、緑、橙ですが、これを二次色と呼ぶことにします。

それでは、さらに赤+紫→? 青+紫→? 青+緑→? 黄+緑→? 黄+橙→? 赤+橙→?

一次色に二次色を足した色は、さしずめ三次色と呼ぶことができるでしょうか。

これらの色は、赤紫、青紫、青緑、黄緑、黄みの橙、赤みの橙といった色名で呼ぶことができます。(PCCSの色相名みたいですが…)

実はこの種の三次色は大抵の子どもたちが容易にイメージできるものです。

ところが、赤+緑→? 青+橙→? 黄+紫→?はどんな色になるでしょうと訊ねると子どもたちは答えに窮し、「変な色」「汚い色」「何かわからん色」などと答えます。

それらの子どもたちの答えはすべて正解だと思います。

中学生ではこれらの色の組み合わせを「補色」であると学びますが、そんな専門用語を理解するためにもなくてはならない経験なのです。(これって本末転倒?)

しかしながら色みを判断することが難しい三次色が混色でできてしまう経験は、低学年の色遊びのうちに経験しておきたいところです。子どもたちにはパレットに絵の具が残り、時間も余裕があるなら運動場(パレットの広い部分)を戦場にしてみなさいと言っています。どんな色になるかあれこれ試してから洗い流しなさいと。

そうした経験からミュートカラー(打ち消す色)へと発展していけば、影色に安易に黒を混ぜるだけでない混色へと展開できるのではないかと思うのです。

たとえば、自然の緑に近い、ややくすんだ緑をつくるのに、足すと汚い色になる赤を少し混ぜてみようと教えます。パレットで彩度が落ちて、落ち着いた緑ができるのを目の当たりにした子どもたちは歓声を上げてくれます。

□水というアイテム

絵の具をとく水の量は、紙の色を透かすことで様々な変化をもたらす重要なアイテムです。全体を淡くやさしい雰囲気にするのか、ガッツリとパンチの効いた画面にするのか、それともピントをメインのモチーフに合わせ主題を焦点化した作品を展開するのか。これを左右するといっても過言ではないのが「水分量」ではないでしょうか。それぞれのよさを味わいながら、自分の思いを表現するための手法を自分なりに選べる主体になって欲しいものです。

☆「自分色」というこだわり

もう一つ、混色ということを考えるポイントとして、自分の表したい色へのこだわりがほしいということです。

絵の具メーカーがチューブに詰めた色を一次色と考えたなら、一次色は誰もが簡単に使えるし、個性的な表現につながりにくいということを意味します。気づけば、クラスの大半が同じ青で空を描いていたり、木の幹はチューブの茶色をそのまま使ってしまっている状況があり得ます。「それでは、君たちは絵の具屋さんの手先になっているようなものだ!」ぐらいのことは指導者が熱く語ってもいいのではないかと思います。色は如何様にもつくり出せるのだということをたくさん経験して、自分だけの色表現を展開していくことに価値を見いだせるようにしていきたいものです。

☆陰影の見方、考え方

「ナチュラル・ハーモニー」という考え方があります。これは自然界の陰影に見られる色の見え方ですが、わかりやすい例ですと、たとえば木の葉が挙げられます。枝に繁った葉を観察すると光の当たっている緑は黄みがかって明るく見え、陰の部分は青みがかって暗く見えます。

その見え方を一つの視点として示し、表現に取り入れることを経験すれば、不用意に黒を混ぜたり、影を黒で塗ったりというようなことを避けることができますので、色彩豊かで明るい画面が得られます。また色による立体表現にさえつなげることができるでしょう。




水彩画の表現については、まだまだ挙げなければならない点はあるでしょうが、とりあえず最近の授業(愛鳥週間・緑化運動ポスター制作)で取り上げたことがらをまとめてみました。

「着色指導」そのものは、ともすれば小・中学校においては一切なされないことも考えられます。けれど、一握りの子どもたちだけが成功体験を積んで上手くなるだけでなく、どの子にも身につけてもらいたいものだと思っています。

何らかの手立てを示すことができればと考えて、小学生に指導を試みました。絵に親しみ、思いを表現する手段として水彩画をより楽しみながら取り組んでもらえたらという思いでいっぱいです。

久々の更新。あれこれ色々と考えておりました。長い文章におつきあいいただきましたが、何かお気づきの点やアドバイスがありましたら忌憚なくご指摘いただきたく存じます。

また、他にもこんな子どもたちの失敗はどうアドバイスをしているのかなどご質問やご自分の実践などもコメントしていただき是非とも交流を図りたいと思いますのでよろしくお願いします。













最近の授業から。久しぶりに授業のお話です。本職はこちらですから…(*^_^*)

これは1時間限定の単発教材。

小学生との出会いの授業で取り組んだいわゆる造形あそび的な内容です。
タイトルは表題の通り。語源はビートルズの‘The Long and Winding Road’。懐かしい曲ですね。

しかし、本タイトルは「ロングロングワインディングロード」。子どもたちに伝わりやすいネーミングです。

「長い、長ーい、くねくねした道」っていう意味だよ、と英単語を一つずつ訳していきます。
「ロードは道路」なんてのを2回繰り返すと子どもたちは必ず笑ってくれます。小学生はこういうの大好き。(出会いの授業では笑いを引き出すことでいち早く心を開かせます)

「曲がりくねったぁ~♪」といきなり歌うのもありです。もちろん『絢香×コブクロ』の『WINDING ROAD』 。出だしだけ本気で歌うのですが、授業者自身がオープンマインドで臨むことが授業成功の秘訣です。私たちの教科はいつでも作品を挟んで子どもたちと対話できるのですから、互いの固い自己紹介でスタートするよりも、楽しい時間を共有する方がよほど有意義です。

さて、この題材は中一の題材で切り絵で文字を破綻させない方法を効果的に伝えるには…と紙にアレコレ書いていたときにふと思いつきました。一筆書きで切り字(はさみで切り抜く文字)の線をさぐっていくような練習をしていて、おもしろさ、発展性を覚えました。

A4の紙と鉛筆さえあれば成立する単発題材。ねらいは明確です。

1集中力を高める(おもしろいから続けたくなる)
2線のよさ、おもしろさに気づく(ぎざぎざ、くねくね、ゆったり…)
3様々な形態の線から構成される造形をみつける(見立て、錯視、リズム、ムーブマン…)
4先読みしながら行為する自分に気づく(ゲームオーバー回避、動物かくれんぼ、文字の出現、…)

題材の要点(ルール説明)

1線が交わってはダメ。グルグル書きは線が交わる。道がループしないように。
2できるだけ長く続ける。交わりさえしなければOK。
3消しゴムで修正してもよい。むしろ何かおもしろいものができそうならどんどん修正していこう。

準備

「鉛筆はピンピンですか?まるくなっているとこの作業は続きませんよ。」こういって、細く長い線を引いていくことに実感を持たせます。この声かけは意外に重要で、あらかじめ準備しておくと途中で鉛筆を削りに席を立つ(口実も含め)子どもを最小限にとどめることができます。心理的にも準備をきちっとさせることで気構えがしっかりするように思います。

練習

紙の端っこで一度練習させてみる。

練習は課題理解のためにやった方がいいですね。というのも、紙全体に広い範囲で線を引いてしまうと続けられなくなりますし、蚊取り線香みたいな渦巻きは案外閉鎖性があって脱出できなくなることを一度経験すると学習できます。このとき時間を決めておくとより集中してくれます。30秒から1分というところでしょうか。その間、ざっとその様子を見ておき、「やり方がいろいろあっておもしろいね」と声かけをした上で、細かい作業をしている例を紹介しながら、迫り方のコツを学ばせます。

本番前に…

あえて、子どもたちに制限時間を訊ねます。そのときに練習時間が生きてきます。1分で端っこのこれだけか。それなら…と子どもたちの何人かは要求してくれます。集中できることを考えてあえて10分などとしておきます。とりあえず、こういいます。「一応10分やってみましょう。ただ、みんながもう少しほしいというならそのときに追加しますから、それまででゲームオーバーにならないようにしてください。」

「スタート!」

どのクラスでもスタートから少し時間が経つと、静まりかえった状態ができます。少々故あるいわくつきのクラスでも、T2(小学校では私がT1。ペアで授業をしています)の先生が感動するほど、紙と向き合って黙々と線を引く子どもたちです。

しばらくすると、アプローチの違いでどれも全く違う形態が現れてきます。本当に見事なほどそれぞれに違います。線の性質の違い、密度の違い、葉っぱや花、☆など何かの形を意識した物、迷路のような物…。そこで、周りの取り組みを見せて、触発されるモデルを探す場面を与えます。友達の取り組みは何よりもチャレンジ精神を産むものです。

頃合いは、臨機応変。ほとんどが集中しているときは水を差しますから、若干飽き気味の姿を見かけたらそのときです。

偵察・触発タイム

「みんながどんな風にやっているか気にならない?じゃあ、少しだけ見に行ってもいい時間をあげます。ちょっと疲れてきた人もいるでしょうから、手を止めて。見に行ってください。」だいぶ飽きてきた子どもたちは解放されて友達の所へ直行します。佳境に入った子どもは席を立ちません。こういう姿を見せるのも学びの機会です。

「○○君スゴイ!」「△△ちゃん、こんなん書いてる。」と必ず声が上がり、注目を集めます。だから続けて書いている子も一旦手を止めて友達の所に向かいます。

そしてまた自分の所に戻って続きをはじめる子どもが出てきて、大方席に着いてきたら、「じゃあ、続きをどんどんやっていこうか。」と言います。周りが集中しはじめるので、若干サボり気味の子も自然に戻ります。

静寂カウントダウン

出会いの授業ではできるだけ「禁止・注意」のメッセージは避けて進めます。指示が聞けないほどの私語があれば「3・2・1」で注目させ、しーんとさせてから真顔で大事な話をします。ちなみに授業のはじめに席に着いていないときは、前に立って、その人数を「あと○名」と言って気づかせたり、気づいて座るまでの動きを考慮して間隔を調整しながらカウントダウンしていきます。あまりガミガミ言わないで済むようにパターンを示すことで「その場の空気が読める」ように工夫しています。

さて、クラスにもよりますが、その時点で、すでに10分は経っています。なので、「おっと、みんなスゴイ集中だね。もう10分過ぎてしまったよ。ここで相談なんだけど、あと、何分欲しい?」結局2時間続きの授業だと残りの20分丸々使っても終わらない子どもが休憩時間も使って続けるので、うれしい悲鳴です。じゃあ、ということで「この時間いっぱい使ってもいいよ。ハイ。みんなには負けました。」そういって賞賛します。

新アプローチの提案

さらにもう手がないという子どもたちのために、「動物かくれんぼ」(線の形でウサギになったり猫になったり…)、一筆切り字(私のフルネームを筆文字のように量のある形に一筆で書きます)を黒板に書いて見せます。一筆切り字は最初はくねくねした線ですが、次第に文字らしきものが見えてきて、最後、始点に戻ると完全に文字が浮かび上がりますから、どのクラスも必ず感嘆の声を上げてくれます。

こうしてアプローチを変え、新しい紙を渡せば、残り時間どの子も続きができるようになります。

切り字に興味を抱く子どもたちは多いですね。依頼心が強いクラスでは「書いて、書いて。」で引っ張りだこですし、チャレンジャーが多いクラスでは「できた。見て見て。」と呼ばれます。そうこうしているうちに別のところではA4サイズながら大作が次々に生まれていきます。

いつでもどこでもできるお薦め題材です!

紙と鉛筆さえあれば、何だか楽しい時間が過ごせる…そんな経験をさせることができれば成功だと思っています。しかも子どもたちの性格や志向が随分垣間見られる題材でもあり、我ながら「ナイスアイデア!」と考えています。

本ブログをご覧の図工・美術関係の皆さんにも、是非一度お試しいただきたい短時間題材です。
前回に引き続き、「自分色」の指導を考え、今日、もう一つの小学校の授業で話したことをまとめて記しておきます。


…今日は、お話の絵の完成を目指しています。とても大事な時間なのですが、あえて私の話を聞いてください。今日は「自分色」という考え方をみんなに提案したいと思います。

「自分色」とは何かをわかって貰うために、その反対の色は何だろうということを考えましょう。そう、私がいつも言っている「絵の具屋さんの色」、つまり絵の具セットにあるチューブそのままの色を自分色の反対の色と考えています。

この間、実は、みんなが絵の具箱にあるチューブから絵の具を絞り、そのままの色を使って絵をかいているところを、私はとても気になりながら見てきたんです。それで、みんながどれだけの色を使えているのか、考えたいと思います。

だいたいの絵の具セットは、せいぜい12色ほどの色しかそろっていないのではないでしょうか。パレットに絵の具をしぼり、そのまま画用紙にぬりつけていく。実際には全部のチューブを使っているわけでもありませんから、色数としてはほんの数個しか作品に使ってないということになりますね。

さて、人の目を研究している人のある説によると、成人、つまり大人の人の目では、なんと、750万色の色のちがいを見分けることができるといわれています。750色ではありませんよ。750万色です。どうですか?凄いでしょう?人間はそれだけの色を見分けることができる。なのに、表現する、つまり絵を描くときは12色足らずの絵の具を使っているに過ぎないとしたらどうなのでしょう。実際、今、みんなの絵には何色ぐらい使っていますか?せっかく見分ける力があるというのに、絵に描くときには使わないというのでは、これは「宝の持ちぐされ」といっても言い過ぎではありませんよね。

そこで、色の広がりや深まりをどんどん経験していくために、私はみんなに「自分色」という考え方を提案したいと思います。

「自分色」をたくさん増やしていくために、3つのポイントで考えたいと思います。


それは、

「色を混ぜてつくろう」
「色の並べ方をくふうしよう」
「色はたしかめて使おう」

です。

図を見てください。

(黒板に赤・黄・緑・青4色のチョークを使い、混色の模式図として色相環を示します。小さい4つの円をハッチングで塗り、2色の間にも同じくハッチングし、円は8個かいておきます。赤と緑、黄と青は両矢印の十字で結びます。へリングの反対色対といったところです。紫のチョークはありませんのでマンセルのような5つの基本色は使いませんでした。「物理補色」のことを考えるとマンセルの方が合理的なのですが…。心理4原色の赤・黄・緑・青、心理補色のP.C.C.S、物理補色のマンセル、子どもたちにとってどれが一番混色・配色のイメージとして自然に受け入れられるのか、なかなか簡単な問題ではありません。)

この図からは絵の具を混ぜたときの変化を見ることができます。色を混ぜることを「混色」といいます。

たとえば赤と黄を混ぜるとオレンジができます。これらの色は似ている色ということになります。ほかにも黄と緑を混ぜると黄緑が、青と赤を混ぜるとむらさきができますね。こうしてできた色は似ている色の仲間です。このように似ている色のことを「同系色」と呼びます。

ところが、黄と青を混ぜた緑はチューブの緑よりもかなり濁った色ができます。赤と緑は混ぜたら一体これは何色なのかと訊かれても、はっきりしませんね。見た感じで全く似ていない、このような色は反対の色ということにしましょう。これを「反対色」と名付けます。

「同系色」を混ぜる時、たがいに同じ分量ずつを混ぜると2つの色の中間の色ができます。赤と黄ではオレンジ、赤とオレンジでは赤みがかったオレンジとなります。

ところが、これらの色は一方が少ないとあまり変化がありません。同系色を混ぜるときは、変化がわかるぐらいの分量を混ぜる必要があります。

では、「反対色」を混ぜるとどうなるでしょう。たがいに同じ分量を混ぜると、にごって灰色っぽくなり、いったい何色なのかがはっきりしないことが多いのです。

ということから反対色を混ぜる時には相手の分量を少なくして、少しずつ色の変化を見ながら調整していくといいのです。反対色の混色からは、元の色に比べて、落ち着いた深い色がつくれるはずです。

ところで、混ぜたらどんな色になるかわからないという人が結構いるでしょう。そんなときは、いつも「たしかめながら」少しずつ経験をつんでいくことが大切です。いろいろと試してみることがみんなの時期には必要なのです。いろいろとたしかめることであなたの「色の世界」は無限と思えるほど広がっていくでしょう。
 
また、様々な色を並べることを「配色」といいます。

似ている色どうしを並べると、まとまりがあり、落ち着いておだやかな感じがしてきます。赤やオレンジ、黄などを並べると暖かく活気のある感じがしますし、青やその同系色を並べると、冷たくて落ち着いた感じがします。このように同系色のグループによって、絵に「寒暖の感じ」を付け加えることができるようですね。

では、反対色を並べるとどんな感じがするでしょう。混ぜるとにごる性質がある反対色ですが、これらは、並べると強さを感じさせます。特に明るい黄と暗い青などの組み合わせははっきりと形を見分けることができ、目立って注目を集めやすくなります。配色もいろいろとたしかめながら経験をつむことが大切です。

さて、配色の力をのばすためには何も絵の具を使わなくてもできることがあります。自分の身の回りにある様々な物に目を向けてみるのです。いろいろな物を見て、きれいだな、すてきだなと思ったときに、その色に注目してみるのです。どんな色の組み合わせなのかをたしかめて覚えておくと、作品に色をつけるときのヒントになるでしょう。

「自分色」で色をつけた作品には、自分の思いがこめられます。工夫して色をつくりだしたのですから、きっと愛着のもてる作品になるでしょう。人が見分けることができる色数は本当にたくさんあるのですから、自分の作品に色をつけるときも数え切れないくらいの色を使って欲しいと願っています。

これからどんどん「自分色」を増やしていきましょう。

…描く手を止めさせて伝えた話はこのような話でした。

そうして、子どもたちのつくった色で作品が彩られたのを発見しては、「いいね。自分色だね。」と声をかけていきます。実際、黒一色、青一色のようだった夜空が授業の中でそれぞれに少しずつ違う色で描かれてきたことで子どもの追求を一端を見ることができました。子どもの満足げな笑顔に、また一つ勇気を貰える授業ができたような気がしました。

今回は、白・黒・灰色を混ぜる点については省いています。水彩画においては、白をまぜることによる白濁が透明感を失い、他の色と合わないことがあったり、影色に黒を混ぜることを安易に教えたくないという思いからでした。補色使いによるミュートカラーやナチュラルハーモニーなど有彩色でできることは多々あります。

そうはいっても白黒を混ぜる場面は出てきます。たとえば、肌色と茶色。いわゆる肌色はオレンジに白、茶色はオレンジに黒としつつも、肌色や茶色は赤~黄の同系色と白、黒との混色でできる幅の広い色であることを示しましたが、これもあくまでも個別対応をします。質問があったときにパレットで本人に実際に混色させ、赤を足したり、黄を足したり、場合によっては黒ではなくあい色を足したりと試行錯誤をさせながら…。

少しでも愛着をもって描くことができればという思いからスタートした「自分色」という提案、いかがでしたでしょうか。
はい。忙しくやっております。本日は試験2日目。早い帰宅となりました。(久しぶり~♪)

来週からは後期授業に切り替わり、前期には週1時間だった中1の時間数が連続2時間となり、ますます授業時間がダダ詰まりとなります。ハァ~っ…うれしい反面、辛いところもあります。

さて、今年も小6はお話の絵に取り組んでいます。

中学校の体育祭、文化祭につづき、二期制の狭間の秋休みと、三週も授業が飛んでしまい、コンクール締め切り間近ということで、先に申しましたとおり本日中学校は前期期末テストでしたので、このときとばかりに補習授業をしに小学校に出向きました。

今日の授業は着色がメイン。

板書したのは、次の通りです。

 下書き→着色 仕上げを見通して計画的に進めよう
          (10/25完成)
 ポイント  段取り上手になろう
 (1)不要な線は消しておく
 (2)背景広い面明るい色から着色しよう
 (3)となりあう色は乾いてから着色しよう 
 
 ポイント  自分色で勝負しよう!
 色は混ぜてつくろう
 色を並べてみよう
 色は十分たしかめてから

でした。

今回着色をはじめるにあたり、押さえたいところはその手順でした。

多くの児童生徒が鉛筆ではノリに乗っていても、着色でがっかり、ひどいときには失敗してやる気をなくしてしまう事例が後を絶ちません。

水彩画法でもあれこれと助言してやりたい手法はたくさんありますが、「話を聞く」のが大の苦手という目の前の小学生にせめて押さえておきたいことは「段取り」と「色の工夫」です。

今年の課題図書から選定したお話は「ベネチア人にしっぽがはえた日」という空飛ぶ魔女や守護天使、お月さまも登場するとてもファンタジックなお話です。

自ずと「夜」の場面になりがちなのですが、定番は夜空に「星」。早速着色を始めた別の小学校で、一筆書きの星に黄色を着色してから、線に気づいて消しゴムを当てるのですが、後の祭り、線が消えずにがっかりという子どもが早々に出てきました。ちょっとしたことですが、気になる子どもは気になるようでした。そこで、後発隊の本日の小学校では、「段取り」という考え方があるということを意識させる手段としても、一つ、これを押さえておこうということにしたのです。

さて、着色に入る場面では、特に、好きなところから色をつけたがる子どもたちが多く、大抵後から複雑な出入りのある隙間だらけの面を一様に塗れずに嫌気がさしてしまいます。

あらかじめ気持ちよくサーっと背景をグラデーションなんぞもかけながら着色をしてやると、次回はその上から細筆などを使って描きたいと思ったところを少しずつ仕上げて行けます。

広い面を先に着色するのは、仕上がりの色のイメージが決まり、大崩れしにくいからです。今回のように期日が迫っている場合は、特にあと少し、あと少しと自分を奮い立たせるために、ヴィジュアルで仕上がりのメドが立ちやすいことが求められます。

乾いてから隣の色を塗るのは水彩画の常識中の常識ですが、無計画な取り組みに多くの子どもたちが泣きを見ます。「段取り」「計画性」は水彩画に見られる、にじみ、色混ざりのトラブルを避けるためにあるようなものなのです。

次にだんだん私の話にじれてくる子どもたちに、端的に伝えたのは「自分色」という提案です。

「自分色」と反対の極にあるのは「絵の具屋さんの色」としました。チューブからの原色、「生色」なんて言い方もします。

一時期(今もあるんでしょうか)、「キミ子方式」などとして赤・青・黄と白だけで描くという手法が図工教育界に一世を風靡しておりましたが、そういった「方式」などはあまり意識下にないのです。いわゆる絵の具セットの三原色では特に紫系が濁ってしまい、全体に低彩度で濁りが気になる私です。でも、チューブの色をそのまま使うことによって生じる、あまりにも同じ青、同じ赤、同じ茶色、影は黒…という短絡的で画一的な色の出方には一定、指導者として危機意識を持っていたいと思っています。色づくりを通して、子ども自身の目と手、イメージと創造力を伸ばし、表す楽しみや喜びにつなげる活動を展開していくために、様々な試行錯誤と経験をじっくりとさせてやりたいと考えます。

今日は、私が「茶色」に「あい色」を混ぜて見せた後、自分でいろいろな焦げ茶を発見(失敗して火がついた)した子どもが、夕日を背に立つ登場人物や家の影法師を得意気に担任に見せるシーンに出くわしました。自分色をつくることは、作品への愛着を強めるものだと改めて実感しました。

「色を並べる」では、同系色で煉瓦を表現したり、家具を描いたりした作品を他の子どもが見とれるという場面が印象的でした。同じ色ではない2つか3つの色なのですが、並べることでできるリズムと共通性による統一感に魅力を感じたのだと思います。色をつくりだす子もそれを見て感じ取る子も授業では貴重な存在です。

「色をたしかめよう」ですが、落ち着いた教室では、この試してたしかめるという活動ができ、力を伸ばします。先に述べたように、「話を聞く」のが苦手な子どもたちです。当然、辛抱ができない子どもが圧倒的に多いわけですから、「試す」「たしかめる」といった慎重な行動ができないわけです。パレットの「教室」・「運動場」の区別もありません。いきなりたっぷり2色を運動場に絞り出し、一気に混ぜようとする子どもも少なからずいます。これでは、色のニュアンスどころではありません。

「やって見せ、やらせて、ほめて、人は伸びる」と言います。今回もパレットの所定の場所に絵の具を出し、混色を目の前でやって見せ、自分でやってごらんとやらせて、同じ色ができたらほめて、色をたしかめながら制作することを一握りの子どもたちにではありましたが、経験させて時間が経ってしまいました。それにしても、2時間続きの授業というのはこうした取り組みがしやすいものです。

おっと、「今日はいろの日」のお話をと思いつつ、図工・美術教育の授業の一コマのちょっぴり恥ずかしいくらいの報告となってしまいました。

あしからず…。
来週学年末試験を迎える1年生。
今回の試験範囲には「色の学習」が入っています。

「色の見えるわけ」から「色の感情効果」、「色の三属性」、「混色」、「対比」までがその学習項目です。

学習したのは後期の初め頃ですので、テストまで結構時間が経っています。そこで今日はテスト対策として1時間強、復習の時間をとりました。

「色の三属性」については、先日参加したモニターレッスン用のツールを使ってみました。

実は模擬講義で作ったツールは3種類です。

その一つが身の回りにある物を赤・黄・緑・青(青紫)に分類した写真(先日紹介した「カラーウォッチング」で見つけて使わせて頂きました)です。

「赤」にはリンゴ・イチゴ・トランプ・マッチ…などが赤い布に置かれています。
「黄」にはレモンや黄色の糸、ペーパータオル
「緑」はコサージュ、オリーブ石けん、瓶、ブックカバー
「青紫」は瑠璃色の花瓶、宝石の類…

見事に色みで分類して写真に収まっています。

そしてその中に存在する微妙な色相の違いをピックアップし、さらに色相を細かく分類していく…というシナリオに合わせたようなマンセル100色相の色相環。これが2つ目のツールです。北畠先生の「色彩学貴重書図説」からとらせていただきました。

これは生徒の目を釘付けにしました。黒板に貼ると色帯の輪っかでしかないのですが、近くで見ると100枚の境目が見えて確実に驚きを与えます。さらに、200色相ぐらいは見分けがつくらしいとの説明を加えておき、あとから出てくる「色立体」と組み合わせて考えると、身の回りにある物体色のほとんどが色立体におさまるというイメージを持たせることができます。

その後、明度、彩度を無彩色9段階と「赤」の各トーンのカラーカードにマグネットをつけたツール(3つ目)を使って、まずは明度を無彩色の明度スケールとの対応関係で理解させ、その後彩度を押さえ、改めてカラーカードを明度・彩度で位置づけていくという模擬講義でやった展開も実践してみました。

やはり、こうした自分なりに練った展開で生徒が惹きつけられていく様子を見るのはやっていてうれしいものです。
テスト前の復習といいながら、前回より生徒にはよりわかりやすい授業ができたものと我ながら思います。

生徒は一度学習したからといって定着するものではありません。手を変え品を変えて繰り返すしか覚えさせることはできません。それでもなお今回どのくらい定着が図れたか…。

とにもかくにも、こうして覚えさせた内容があって次のステップへと活かされていきます。デザインや絵画での色遣いについて、今後は専門用語で指示や助言ができます。それを生徒自身が理解して制作に生かしていける…。このような流れを毎年つくっていくわけです。

それにしても、こうした学習は小学生にも下ろしていきたいところです。
日文の図工の教科書5・6年下にはすでに「彩度」ということばが登場しているくらいですから…。
木版画の制作のために子どもたちに彫刻刀を持って来させています。

ある生徒の彫刻刀を見て驚きました。

彫刻刀の刃の部分にクリーム色のプラスチック製の安全カバーがついているのです。

さて、木版画や木彫の授業で、いざ彫刻刀で彫る作業が始まるというときは必ず開始数秒まず子どもたちの彫刻刀の握りを観察します。正しい彫刻刀の握り方ができていない生徒がいればすぐに作業を止め、安全指導をするためです。

私の左手の人差し指から小指にかけて、起点終点のわかる直線的な軌道をしめす傷跡が残っています。それは彫刻刀でつくった傷です。三人兄弟の末っ子の私には、お下がりの、種類も本数も揃っていない、おまけによく使う丸刀には刃こぼれができているようなセットが彫刻刀を使う初めての経験であてがわれました。

当時、先生は「ケガをしないように気をつけて」と全体に声をかけてくださいました。ところが私はなかなか彫れませんでしたので、彫刻刀の柄を上からかぶせるように握り、人差し指をのばして刀を支え、押し出すようにして板と格闘していました。節があったのでしょうか、抵抗がきついので、板の向こう端を左手で押さえて、力一杯押し出しました。次の瞬間、上滑りをした彫刻刀がそのまま直進して…。

私は授業で必ず自分のこの失敗談とともに傷跡を見せた後、なぜ危険なのかを握り方による彫刻刀の動きの違いを実演しながら解説します。

彫刻刀の正しい握り方の基本は「鉛筆持ち」。そして持ち手の指を伸ばし、板面に小指から手の平へ続く手の側面を当て、添え手の親指を刃の付け根にあてがい、方向を制御させながら持ち手全体を移動させて彫り進みます。

このことをきちんと押さえてやれば、無用なケガをすることはほとんどありません。

件の安全カバー付きの彫刻刀

確かに至れりつくせりです。転ばぬ先の杖とでもいいましょうか。

しかし、私が親ならこれは子どもに持たせません。

安全カバーによって、これから削ろうとする線がとぎれてしまっています。おまけに連続して長い線を削っていこうとするとクルクルと巻いていく削りかすがカバーに当たり、削りを中断させてしまうのです。

作業中にケガをする危険は避けられても、削る作業で期待できる木や作品との対話がとぎれてしまうのはどうにも困りものです。

このようなセーフティガードがついている彫刻刀は学校推奨品として業者が出している注文票で扱っているようです。メーカー側がねらっているのは安全対策という付加価値でしょうが、ものづくりを後押しするメーカーであるはずなのに、ものとの対話を阻害しかねないこうした配慮というのは言うなれば本末転倒なのでは…。

ひょっとして指導者が信用されていないのでしょうか。

最近ちょっぴり首をひねってしまったできごとでした。
夏休みに鑑賞した映画「トントンギコギコ図工の時間」の中に、思い思いの風神雷神を版画で表現するという場面が登場します。映画では5年生の題材でした。子どもたちが熱心に彫刻刀で板を削っていくときの静謐な音がとても美しく、魅了されました。

今年教えている2つの小学校の6年生が取り組む版画の題材をどうしようかと考えたとき、「やらせてみたい!!」そう強く思いました。

「私の風神雷神」 More
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「カントリースクール」(1871年ウィンスロー・ホーマー作)

北海道の美術教師で以前そのブログを紹介させていただいた山崎先生と本ブログにもちょくちょくコメントを寄せてくださる大学時代の同級生の土屋先生とのネット上の共同研究となった鑑賞授業。この作品について子どもたちとの授業でのやりとりを大雑把ではありますが紹介しようと思います。

「カントリースクール」 More
今日はお話の絵の小休止?時間割の都合で5・6年生の鑑賞の授業を1時間ずつすることになりました。主に日文の教科書の口絵ページを使って作品を鑑賞します。

鑑賞とは何だろうということからガイダンスして、少しずつ鑑賞ワールドに誘い込みます。

まずは気になるな、好きだなという作品を選ばせたり、ここは自分だけの発見かなと思えるようなこだわりの気づきを大切にさせます。そうしながら鑑賞すると、指導者がオッと思うような新しい解釈が次々と現れ、私の反応をうれしがってどんどん活気あふれるクラスの雰囲気ができてくることがあります。

また、鑑賞の仕方も、同じ迫り方ではなく、作品ごとに、ある時は作品にまつわる背景を指導者が語って視点を与え、ある時は自分の見方で物語を想像し、ある時は制作年代をとらえて推察したり、はたまた吹き出しを設定してセリフや考えを書かせたり…。バリエーションを変えることで作品への迫り方の道筋がいくつもあることを知らせます。そして鑑賞という個人レベルの感受を、それぞれが発言することで周囲の気づきにつなげていきます。そうしながら見方を発展させたり、解釈を深めたりして取り組めるのが集団で行う鑑賞の醍醐味です。そのためにはやはりライブ感を大切にしなければなりません。

素直に子どもの発見、気づきに対し「ほう、なるほど。」「ホンマやね。」「うんうん、そうかもしれない。」「おっ、これは新しい見方だね。」「いいね、よく見つけたね。」…、こんな言葉が自然に出てきます。また気づきが不十分なときは水を向ける一言を注ぎ込みます。すると授業が動き出します。そういう経過をたどると楽しくて仕方がありません。今日もそんな場面がいくつもありました。

子どもに「どうやった?今日の授業。」と聞くとニッコリ頷いて「楽しかった。」と言ってくれました。
作品を見るのが楽しいという子どもをたくさん育てたいと思います。

さて今日の5、6年生。「ドラ・マールの肖像」の作者は誰?の質問に、必死で知っている西洋の画家をあげてくれました。ドラ・マールはピカソの愛人で、あのゲルニカの前でもう一人の愛人マリー・テレーズと、ピカソをめぐり、つかみ合いのけんかをしたというエピソードがあります。かなり気性の激しい人で、「泣く女」のモデルとして当時何度もピカソの絵に登場しています。まっ、それはさておき、子どもたちはなんと4クラスが4クラスとも同じアーティストをあげたのでした。

それはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ゴッホ、ピカソでした。そしてその他にはなかなか出てきませんでした。とりあえず知っている作家をあげたとはいえ、これは一体どういうことなのでしょうか。

なぜか知ってるこの三人。何がどうしてこの三人?

教わらないのに知っているというのは基本色彩語にもあり、これでも発達がわかるらしいのですが、小学生にとっては基本三大アーティストというのがあるなのかなぁと感じた一日でした。

追伸:PC、本日は二度立ち上げましたが、いたってスムーズに起動してくれました。よしよし。