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スライドウェアというんだそうです。
MicrosoftのPowerPointやMacのKeynoteのようなスライド形式のプレゼンテーションツールのことを。

スライドウェアを、ソフトに導かれるままに作成したのでは、そのプレゼンは、聞き手にとって、印象に残らない、退屈で最悪な時間泥棒になってしまうといいます。たとえ、機能に加えられている、配付資料としてのノートをつけて発表する手法をとったとしてもです。

私もこれまで、学校や色彩の講座で、その例をいくつも見てきました。さすがに色彩や美術の関連で、この人はプロといえるような方の場合、そんなケースは思い当たりませんが、それでも、何度も、見せる気が本当にあるのか疑わしいスライドによく出くわしました。

定番は、単に話している内容をそのまま羅列しただけのスライド。多いのは、やたら文字ばかりで、プレゼンの最中に、発表者が指示棒やレーザーポインターを使って文字を追うだけで、展開になんらメリハリもない上、後ろの方からはさっぱり文章が読めないという代物です。そんな時には、ご丁寧に配付資料がついてることが多いものですから、なおさらのこと、後で読んだらいいかとばかり、睡魔に負けてしまうことになります。

さらに、これは私が色を専門にしているせいで、特に、特に、気になるのですが、文字色と背景色との不具合からおこる見にくさです。色を使えばいいみたいに、黒背景にあれこれ文字の色を変えるので、ギラギラチカチカ、見にくいったらありゃしない。そうかというと明るい背景に明るい文字色のように、差がないために読みにくいものも。手元の画面で見てようやく確認できても、プロジェクターで大きく映したときにほとんど読み取れません。こういうのは、初心者つまり生徒のプレゼン作品にありがちで、総合の時間に野放図に展開された場合に起こってしまいました。それでも、そのときは、イメージ画像を入れるという指示があったので、退屈にはならず、案外救われたケースがあったものです。

はたまた、もう少しさかのぼりますが、かつてPowerPointが出てきて、いろんな人が発表で使うようになり、学校でも流行りだした頃のことです。やたらアニメーションを凝らしてあって、文字列が、どこからかスライドインしてきたり、意味なく回転してみたり。さらにドキューン、バキューンとか、ファンファーレなんかの効果音のボタンを発表者が何度も押して遊んでみたり。まるでソフトの使い方体験講習会の作品発表会のようで、で、あなたの発表内容は何?と呆れ果てたこともあります。発表している本人は得意満面。当初は笑いを誘ったりしたこともありましたが、最近はとんと見ることはなくなりましたね。真面目な場ではひんしゅくを買うことまちがいなし。子供だましです。

それでも、要るのか要らないのか、そうした機能は、ソフトに効果として標準で付いているんですよね。

「プレゼンテーションZEN」では、スライドウェアを、ソフトによる誘導(たとえば、箇条書きのテンプレートなどですが)を極力回避し、印象的で記憶に残りやすいプレゼンにつなげるツールとして、創造的に活用することを提案しています。また、そのための基本的な考え方が、具体例によって押さえられています。

この本は、発表者が、ビジネスマンであれ、学術発表をする研究者であれ、誰であっても、「デザイン力」が必要であると説いています。

人は視覚によって多くの情報を受け取ります。聴き手が、たった一枚の図で、自ら心を動かしながら、話し手の言いたいことをつかみ取ることができる、そんな一枚の図を工夫せよと教えてくれているのです。

「簡潔」「シンプル」「明快」で、見る者、聴く者の「心を引きつける」プレゼンのためにやるべきこと、今このときに人々を集中させるために配る心遣いに気づかせてくれます。

図工、美術がかつてに比べ大幅に時間数が減っている今、コミュニケーションを支える力として、「すべての人が創造性を身につける必要がある」と訴えている点にも注目して、多くの人に読んでいただきたいと思います。


10月の末に、かくいう私も造形教育全国大会での研究発表が待っています。研究冊子の締め切りを今月末に控えながら、まだまだ着地点を見つけられないまま、無為に過ごす日々ですが…。せっかく出会えたこの本。これまでも、教材として使うため、ひと味違ったスライドづくりを心がけてきたつもりですが、今回は、「より明快に」をコンセプトに、発表ツールについても工夫をしていきたいと考えるようになりました。

今日から3日間、少しでも研究を前に進めなくては!!
伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」。もちろん実物は、先日展覧会で見ました。
で、その作品については、同じ美術科の教師仲間から聞いて興味を抱いたのですが、それが初耳だと思っていました。
ところがです。作品はすでにこの春、一度目にしていたはずなのでした。

息子が部屋を大掃除を済ませたときに、たまたま本棚にあった高校の美術の教科書を手に取ったときに見たはずなのでした。息子に「へぇ、美術の教科書、あったんだね。要らなかったら、もらっていい?」と声を掛け、その大判の教科書を手にした時、それが若冲の描いたものとは露知らず、ましてやそれが江戸時代の日本の屏風絵だなんて思いもよらず…。

光村図書が出している「美術Ⅱ」の教科書で17年度発行。表紙に右隻の白象が大きく取り入れられ、裏表紙に二隻とその解説がされているではありませんか。

なぜでしょう。ピピンと来るものがあって、書棚を探っていたのでしたが、やっぱり!という感想です。それでも、そんなことはすっかり忘れているというか、意識がないというのが不可思議。

いつかどこかで無意識に眺め、また何かの拍子に意識させられ、確かな認識として初めて出会う。偶然ではなく必然だったり。こんなことがきっと日常茶飯事なんでしょう。

今になって息子に尋ねてみると、「あっ、それ、若冲さん?何でそこにあるの?、それ僕の美術の教科書だよね。あっ、どこかで見たことあるなって思ったんだよね。」と。

親子である。
by my-colorM | 2006-08-27 22:35 | アート
「地球に彫刻する」という壮大な仕事を夢見、実践し続けた巨匠イサム・ノグチは
現在私が研究している彫刻家でありプロダクトデザイナーです。

このイサム・ノグチを取り上げて美術の授業はできないものかと構想を練っております。

授業を考えていくに当たり、コンセプトにしたかったのは「地球を彫刻する夢」。

「火星から見える彫刻」(1947年)は
砂漠に巨大な人の「顔」をピラミッドのような形を取り入れながら
端的に表現しようという構想画です。
この構想は実際にはあまりにも壮大すぎて?実現しなかったのですが、
彼の夢は北海道にある「モエレ沼公園」に見つけることができます。

モエレ沼公園は札幌から車で30分のところにある、
もとはゴミ集積場であった広大な土地を市民の憩いの場、
見事な観光スポットに変えた偉業といえます。
1988年マスタープランを手がけた翌年、
惜しくも急逝したイサム・ノグチの遺業を継いで2005年夏にグランドオープンしました。

たまたま、家族旅行で北海道を訪れた際、千歳空港に着くほんの少し前、
ピラミッドのような建造物を上空から見つけ「?!」。
まだそれが何であるかすら知らずにいました。
そのときは観光ガイドマップでイサム・ノグチの名前を見て、
教科書に載っている作家が大きな公園を作ったものだと興味を抱く程度でした。

その後、依頼された仕事を研究する中で彼の仕事を身近に感じる機会を得ました。

彼の作品に対する精神性には感動を覚えることが多々あります。

彼がつくったコンクリートや石を使った子ども用の遊具「ブラックマントラ」について彼はこう語ります。
「作品はまだ完成していない。100年後子どもたちによって完成するのだ。」と
子どもたちが滑り、石に溝が自然に彫られ、磨かれていく。
その子どもたちとの共同作業で環境になじんだ彫刻が完成を見るのだというのです。

彫刻家が環境に作品を残していく行為はこのようでなければならないだろうと思います。
その時々の思いだけで自分のわがままを表現する行為であってはならないといっているように思います。

そのことをどこかに盛り込みつつも、大きな夢のある壮大なアートを子どもたちにイメージさせてみたい。あなたは地球にどんな彫刻をしたいですか?と。

砂漠、峡谷、海、…造形物をつくる場はどこにしようか?




そんな思いでいた矢先です。

ふと立ち寄った本屋さんで出会ってしまいました。

「地球巡礼」野町和嘉(新潮社)
「地球遺産巨樹バオバブBAOBAB」吉田繁(講談社)

地球という星はなんとも厳しくそして温かいのでしょう。
心が洗われるような、そして感嘆の連続…。
ページをめくる毎に子どもたちにも見せてやりたい地球がそこにある…。


写真てホント凄いですよね。
一度この2冊手にとってご覧になってみてください。
by my-colorM | 2006-01-07 18:34 | アート