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教員免許更新講習の一日目に、全部改正された教育基本法の特徴を解説する講義がありました。その講義の中で、講師から、「日本の伝統文化を継承すること」が、私たちの教科、美術との深く関係がある箇所だと言われました。

ならば、日本の伝統文化とは何か。その、当然説明の出来そうな問いが、案外あやふやなものであることも、今回の更新講習の四方山話として提供されていました。日本の文化、芸術を突き詰めていったとき、古来から引き継がれてきた日本固有の文化というものはなかなか見つからないのだと。

日本の文化は、文字はもとより、宗教、建築、芸能、美術、その他もろもろ、多くが中国大陸や朝鮮半島を通って(主として渡来人を介して)、伝播してきたものであるのは明白です。中には平安時代や鎖国政策がなされた時代に独自の発展を遂げたものもありました。

しかし、明治維新に伴う文明開化以降、欧米化・近代化が急激に進むと、中国大陸、朝鮮半島はもとより、オランダやポルトガルといった西洋をも含む異国から伝播し、醸成・発展して花開いた江戸の文化は、古く遅れたものとして、先進的な物や技術・思想に駆逐され、多くが廃れていきました。もちろん、欧米化のもと、工芸品を中心とした日本の優れた文物が、ヨーロッパに紹介されて注目を浴び、独自に、急速に発展した分野もあるにはありますが。

また、明治政府の神道国教化政策のもと、廃仏毀釈が進められ、破壊・遺棄された仏教美術も多く、文化的な損失は計り知れないといいます。さらに度重なる戦争の混乱下、焼失、散逸を余儀なくされたものも少なくないことでしょう。

さて、U氏により再現された土佐光起の色見本のことを、前回取り上げました。氏も、伝統という言葉に意見がお有りのようで、日本の伝統美術とは何か、日本画とは何かについて、様々な切り口で語られました。

まだまだ不勉強な私の頭の中で、氏のお話は実際、消化しきれていません。もやもやしたままでは何だか気持ちが悪い。そこで少し頭を切り替えるつもりで、「日本画とは」で検索を試みました。そこで見つけた山種美術館のHPが秀逸!日本画に関する、アカデミックな解釈として、これに勝る解説は他に見つかりません。とてもわかりやすい解説でしたのでURLを紹介させていただきます。まずは一読を。



山種美術館「日本画とは」

さて、U氏のお話にもどします。氏は、このような日本画のアカデミックな解釈に対して異論を展開されたのです。特に、油絵を主とした洋画と、これまで○○派として伝統的に続いてきたいく筋かの流派との間を分類する材料に、「画材の違い」を取り上げている点に違和感を持たれているようでした。

氏は、今も昔も、日本画だけが、岩絵の具や泥絵の具を膠で基底材に接着するものではないはずだと力説します。「何故なら、大昔は、…」と言って、一つの石をどこからか運んできて、ご自分の手元にコツンと置かれました。

「人と獣の決定的な違いが、この石をどう使ったかにあると私は考えているんですね。」
と。


何が展開して行くんだろう。氏との楽しい日本画談義はまだ始まったばかりです。

つづきは、また次回に。


by my-colorm | 2014-08-20 22:48 | 色の話
U氏は、私に膠のサンプルを見せる前だったか、水簸(すいひ)について語ってくださった。私が水干絵の具を使うと言ったけれど、どうやらそれとは違うものを指しているらしい。

水簸を辞書アプリで調べると「固体粒子によって水中での沈降速度に差があることを利用して、粒子の大きさ別に分ける方法。陶土の調整や、砂金の採取などに用いる。」とある。具体的な方法は思いもよらないが、お土産にいただいた色粉を見、資料を読み解くと、どうやら、鉱物などの顔料を砕いたものに水と膠を加えて、(多分)乳鉢で擂り、上澄み液を濾し、乾燥させる方法で、粒の大きさの違う顔料を選り分け、取り出すことを云うのだと取れた。顔料は、粒子が細かくなるほど白っぽくなる。つまり、明度が増し、彩度が下がる。乾燥後、ふるいに掛ければ、細かい粒子の明るめの顔料が得られ、残った方はそれよりも鮮やかなものとなるという理屈だ。

続いて氏が見せてくれたのは、土佐光起が残した、土佐派の絵画指南書の中にある色づくりのレシピに基づいて作られた、ベニヤ板半分くらいの大きさの「色見本」標本である。これも今思えばくらいのことで申し訳ない。先の資料を後でじっくり読ませていただいて、より実感が湧いてきた。おそらく光起が書いて残したままの順番で、見本は並んでいるのだろう。

お土産にいただいた資料は、土佐派の絵師達が用いた色そのものと、絵の中で、どの部分に用いるのか指示されている。勿論、目標色は光起の絵画中に求めたのだろう。文書を読み解き、試行錯誤をしながら忠実に色見本を作成されたに違いない。歴史的に古い作品の経年劣化、褪色をも考慮しただろうから、その点を想像するにつけ、今更ながら、氏の研究熱心さを十二分に伝える仕事だと感じる。



U氏の問いは、「日本画とは何か」に集約されると私は思った。



次の回は、そのことを、私なりの解釈をさせていただきながら、お伝えしたいと思います。



by my-colorm | 2014-08-20 17:33 | 色の話
この夏、二度目の東京でお会いしたU氏について、恩師K先生から大学時代に同じ彫刻科の同期だとお聞きしました。東京帰りで帰省した際に訪ね、近況報告をした時です。Uさんは気さくで、研究熱心な人だよと、教えていただきましたが、まさにその通りの人物でした。K先生の教え子だと聞けば、さらに面白い展開があったかもしれません。

さて、友人Kさんの紹介で、始めて訪ねていった見ず知らずの私に、時間を忘れるほど、いろいろと話してくださったU氏。その貴重なお話は、忘れないうちに書き留めなければいけません。

とはいえ、三時間半に及ぶ、ほとんど間断のないお話(失礼にあたるかと、メモをとることなく…)の、どこから書きましょうか。

まずは、訪ねるきっかけとなったことに関わる内容からいきましょう。

ウエマツ画材店は渋谷にあります。Kさんが紹介してくださったのは、日本画を生業にしているKさんに投げかけた、ふとした相談からでした。

中学3年生の授業で、日本画入門と称して、水干絵の具で描かせているが、それを溶く膠液が冬場には固まってしまい、制作に支障が出る。何かいい方法はないかしらというもの。すると、即座に「ならウエマツにいいのがあるよ。冬でも固まらないやつが」の返答。ご自分もよく使う材料だから、「興味があるなら行ってみる?」と言われ、頷きました。

その後、私の知らないところで社長のU氏にアポ取りを済ませ、「社長さん月曜日は2時から研究室に出勤するって。京都の○○さんていう中学の美術の先生が行くって伝えといたから。何なら夕方でもいいって…。」という。なるほど、行って聞くのが早いってことね。これは何が何でも行かなくては!…てな流れで渋谷を訪れたのです。

Kさんから言われた通りに店員さんに伝えると、宮益坂通のとある年代物のビルの十階に案内されました。そこに、社長室兼研究室がありました。

余りキョロキョロ見回すことも出来ず、簡単な自己紹介をすると、勧められるままに、部屋の中央にある作業用の大きなテーブルに向かい腰掛けます。U氏は色とりどりの瓶や容器が並ぶ、その向こうにもちょっとしたスペースがある重量棚を背に、テーブルの対岸に座られました。

「実は」と、早速、件の膠液の話を切り出しました。まずは私から、前提として、私が取り組んできている題材すなわち、卒業制作として、色紙(しきし)に墨彩画を描かせることとその意味、添え文のこと、一緒につくる篆刻のこと、制作の段取り、展示方法、準備物…などを一通り説明、日本画入門と称して、水墨画での練習をした上で、手本をもとにしつつ、アレンジも許して取り組んでいることなどについては特に詳しく話しました。

また、生徒がそれまでの経験の中で、この題材のように指で絵の具を溶くということはなく、多くの生徒にとっては、おそらく最初で最後の経験になるかも知れないので、今後も是非取り組んでいきたいのだという思いもお伝えしました。

そして、そんな大切な経験なのに、膠液が固まってしまい、絵の具作りがままならない状態を何とかしたい。画家は手元で湯煎しながら描くだろうけど、集団で、美術室という限られたスペースではどうにもならない。たまたま前々任者が残した水干絵の具がたくさんあるので、是非使いたい。これまでは7年前の膠液が残っていて、それがたまたま古くて変質し、サラサラだったために、昨年までは困らなかったが、新しく購入した膠液は、冬場の常温で容器の中で固まってしまい、容器ごと湯に浸けて溶かすことが出来ても、皿に小分けすると、途端に固まってしまい、絵の具を溶くどころではない状況で大変困っていること。等、諸々を説明しました。

U氏は、時折、質問を挟みつつ、私の話をうなづきながら、じっくり聞いてくださいました。ひと段落ついたところで立ち上がると、テーブルにいくつかの膠棒とシャーレに溶かして固まったサンプル、そして膠液の容器と透明なグルー、またその固まったサンプルのシャーレを次々に取ってきては私の近くに置きました。あぁ、これが膠ね。ほう、乾燥して固まるとこうなるのねと、それらを眺めている私。

そこへ、不意に質問。「膠を使うのは何故か?」
「はい。そのままでは粉状の絵の具が紙に定着しませんから、糊のようなものでしょうね。」
「その通り。膠はメディウム、つまり、接着剤ですね。」

続いて、グルーの話になりました。これが、氏が長年かけて開発して来られた、Kさんが言ってた例の画材なのでしょうか。

悪い癖ですね。ついつい長くなってしまいました。では、続きはまた。






by my-colorm | 2014-08-19 10:15 | 色の話
この夏、旧知の3人と再会することができました。

一人目は偶然、教員免許更新講座で。二人目は、Facebookでのやりとりで、帰省するならと、一緒に三人目を訪ねることになって。

共通項は母校、藤枝東高校の美術部。美術教育に携わることになった原点ともいえます。

高校時代の恩師といえば、担任のI先生や古文のS先生も思い浮かびはしますが、強烈に影響を受けたという点で、再会を果たした三人目の人物、K先生は大きな存在です。

K先生は、母校を卒業して、武蔵野美術大学彫刻科に進まれました。卒業して彫刻家として作品を発表しながら、29歳で高校教師として、別の高校からご自分の母校に赴任された年に、私も入学しました。来られて早々、ガラクタ置き場の様な美術準備室を、モデルを置いて2〜4名がデッサンしたり油絵を描いたりできる部屋にしつらえ、「美術手帖」を読ませてもらえたり、専門の彫刻について、特にジャコメッティについては熱っぽく、私たちに語ったりしてくださいました。参考になる作品があれば、そのよさを私たちに問いながら、具体的に示してくださったり、美術って面白いだろうと本気で思わせてくださる先生でした。

だから、その先生の影響を受けて、美術にのめり込む生徒が少なからずいたのです。

私ももちろんその中の一人です。私の場合、初めのうちは、受験のためのデッサンという意識はありませんでした。中学時代に授業で「大顔面」の面どりの鉛筆石膏デッサンが、ちょっとだけ上手く描けた気がしていました。部活で足を踏み入れた高校の美術室に、ヘルメスやミロのヴィーナスの頭像、ブルータス…などの石膏像がいっぱいあるので、片っ端から木炭デッサンをしていただけだったのです。夕刻、モチーフの明暗が判別出来なくなるまで、木炭とパンにガーゼで、イーゼルに立て掛けたカルトンに目玉リップで固定した木炭紙と格闘していました。楽しい日々でした。

受験のためのデッサン指南に、再会二人目の人物Mさんが準備室にやって来ました。武蔵美の建築科を目指すと言う彼女は、決められていたはずの制服のベストは短く、スカートは長め。カールした髪に、少し化粧っ気のある、ちょっとませた感じのお姉様でした。頭が切れて、数学とかが好きとか言ってるのがなんかギャップがあって、印象的な先輩でした。デッサン練習の成果もあって、見事に希望の進学を果たし、東京へ。1年後、たしか私が武蔵美を受験するときに泊めていただいたのがお会いした最後でした。数年前にたまたま本ブログを訪れてくださり、建築の仕事で活躍されている近況を知ることとなりました。それから、実際、再会したのはつい先日ということになります。

2年になると、美大系の受験のためにと、同学年の女子が二人、美術部に入部して来ました。その二人は、私と同じ中学出身で、一人はお家が広告デザインをされていたと記憶しています。彼女たちは基本形の鉛筆デッサンから始めて、静物画のデッサンを件の先生の指導で進めていきました。その中の一人が、教員免許更新で声をかけてくれたKさんです。Kさんは、先生の勧めもあって、日本画科を目指すことになりました。

恩師のところには、他にも美大系を目指しているものが何人もいて、その影響を受けていますが、こうして、生徒に応じて、的確に進路指導、受験指導をしてくださったわけです。

私はというと、同い年が自分の進路をしっかり目指していることに焦りを覚えつつ、迷っていました。兄二人が京都の私立大学に進学したので、選択肢が限られていました。国公立、兄のいる京都なら進学も許してもらえるのではと目論見ました。美術は自分の中でどんどん膨らむ夢。美大に合格する力はまだ全然身についてはいないが浪人も出来ない。揺れに揺れる心に、K先生が方向づけしてくださいました。

こうして、美術教員になる道筋をつけてくださったのですが、その恩師を、先日、実家に向かう途中で訪ねたのです。

そこには、二年前に脳梗塞で倒れながら、復帰を果たし、右手を左で補いながら、作品に向かう彫刻家として現役でいらっしゃる先生の姿がありました。自身の美術に対して少しも変わらない思い、ぶれない様子に、この人に学んだんだことは、今も私の核としてあると、しみじみ思ったものです。残り少なくなってきた教員生活に、全力で当たらねばと気持ちが引き締まる思いでした。

三人で話しているうちに、再会二人目のMさんに、もう絵は辞めたのかと尋ねられて、「いやぁ」と首を傾げてしまいました。正直な思いから、出た答えでした。というのも、自分の中で、作家として絵を始めたことがないのです。だから辞めたのかと問われても実感がまるでない。

逆にいつ始めても「あり」というのが、K先生の答えでした。とても温かいその言葉に救われる思いでした。


先生のお家を後にして、懐かしさの余り、高校時代に描いた自分の作品に会いたくなりました。実家は、幹線道路の建設のため、立ち退きにあい、1/4ほどの三角形の土地を残して移転しました。家族には必要のない私の作品は、その土地に据えられた物置小屋に置かれたまま、数十年経つわけです。

今日、その地を訪れると、処分されずにそれはありました。物置のスチールの壁面に触れていた部分は、結露のせいか木部は腐り、紙は朽ち去り、絵具は剥落していましたが、一枚の自画像はほぼ無傷でした。その一枚を救い出して、現住所に送りました。

高校時代の恩師、先輩、同級生と旧交を温め、さらに、自身の美術に真摯に取り組んだ過去とも再会を果たしたこの夏は、私の何かが動き出すきっかけになりそうな気がしています。


追記:再会なって、家に届いた高校時代の自画像。部分ですが…。

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目線が合っているので、どこから見てもついてきます。生活空間にはちょっと大きいF20号サイズ。送ったものの、置く場所に困ります。笑












by my-colorm | 2014-08-16 08:13 | 日記
最近も新しい文房具好きが止まらない私です。先日の免許更新講座に向け、前の日に出掛けた世界堂本店で購入した新しい文具だけでお道具箱を揃えてしまった程です。

ちょっと困ったのは、0.2mmのシャープペンシルでした。細いパイプで針のような芯をホールドし、そのパイプの丸みを帯びた先端が紙に押し付けられて引っ込み、芯先が露出するしくみになっています。シャープペンシルの書き味はスルスルとスムーズ。常に細かく筆記し続けることができます。一度のノックで随分たくさん書ける優れものです。

で、困ったというのは、先日受講した免許更新講座に持って行ったのがこのシャープペンシルだったからです。内容はお伝えできませんが、認定試験がありまして、これがなかなか広い解答枠だったのです。

この頃の教員はほとんどがPCで文書作成します。とりあえず入力したものや、別に作成したりされたりした文書を活用して、コピペ、デリート、カット&ペーストを駆使し、作文というより編集することで文書作成をします。手書きで文章を書くことが余りにも少なくなっているので、今回の試験のように、「○○について説明しなさい」式の論述問題にはだいぶ弱くなっているのではないかと思います。

そこへきて、解答枠に見合う(見た目の)量を書くために、細かく書けるシャープペンシルが仇となりました。推敲すべき文章量が思いのほか多くなり、書いては消し、書いては消しで、やたら時間をかけた割には、簡潔とは程遠い論述になってしまいました。もちろん限られた解答時間ですから、どの問題にもとはいかず、結果、配点高めの最後の問題が尻切れトンボに終わってしまうという失敗を招いたのです。(本当のところは自身の準備不足が原因ですけど…(´・_・`) )


この経験から、もっと、普段から手を動かして文章を書く必要があるなぁと考えました。今もおられるでしょうが、昔の物書きは凄いですよね。原稿用紙にスラスラと文章を綴って行った。書く時には文章は構造化され、書き手の頭の中で完成しており、手はあたかもそれを再生させるためのマシンであるかのように。

そこで使われていたのが万年筆ですよね。太めの胴体が手に馴染み、「書き味」という言葉が最も似合う筆記用具ではないでしょうか。

二度目の東京で、代官山にある蔦屋書店に出掛けましたが、そこで見かけたのが万年筆です。高級万年筆は、もちろんそれで仕事をする人にはこだわりのあるブランドがあるんだろうと想像しながら、試し書きのできる、手頃価格の万年筆を試します。すると、紙との独特のこすれ感と続け字の味が懐かしく蘇りました。

中学生の頃、担任の先生が万年筆でとても素敵な文章を書いていらしたので、私も真似して万年筆を使ったりしていたのを思い出しました。最近はフリクションペンで、生徒のワークシートやノートにコメントしてる私ですが、試し書きをしながら、赤インクの万年筆でコメントを書くのもいいかもと想像してワクワク。またもや、衝動買い発生!というわけです。

買ったのは、赤ペン用とお手紙書き用の2本です。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B0007OEDDE/ref=redir_mdp_mobile#immersive_view?1408085481458


赤ペン用には赤のPelikan Pelikano junior。別売りの赤インクと一緒に購入。夏休み明けが楽しみです。テストの採点にも使えるかも。夏休み明けから、私、赤ペン先生ですね。σ^_^;













by my-colorm | 2014-08-15 16:15 | 日記
免許更新講座ではあっと言う間に時は過ぎました。楽しい時ほど早く過ぎ去りますね。

でも、今年は、京都に帰っても毎日に張り合いがありました。一週間後にはまた東京行きが決まっていたからです。

息子が住むマンションの配管清掃に立ち会ってもらえないかとの依頼に、渋々いえ、それ程迷うことなく応じることにしたのです。勉強だけで充電には程遠い毎日だったから。

既に決まっていましたので、Cさんとの別れ際の淋しそうなお顔に、「すぐにまた会えますよ!」とすかさず声を掛けました。

一週間経って、また東京で再会です。

Kさんのグループ展は本日まで高島屋日本橋店で催されていますが、ギャラリートークのある日がたまたま、件の配管清掃を終えた午後からと、トントン拍子で物事が進んで行きました。

月曜日は息子が出演する公演も予定されてましたが、Kさんから紹介していただいて、画材店「ウエマツ」の社長Uさんとお話をする機会に恵まれました。研究室でお仕事をされていたにもかかわらず、時間を忘れてしまうほど、楽しくあれこれと示唆に富むお話をいただいたのです。話が弾みすぎて、四ツ谷での息子のイベントが19:00からと聞いていたのに、危うく、遅れるところでした。これもたまたまですが、開演が少し遅れて事なきを得ましたが…σ^_^;

Uさんから聞かせていただいた、このときの色に関する様々なお話はゆっくり書かせていただきます。

そして今日は、ブログもあるという素敵な手作りインテリアを見せていただくということで、Cさんを訪ねます。

足を運ぶつもりの展覧会は今3つあるにはありますが、この休暇中に実家にも立ち寄りますし、そこで、懐かしい先輩に連れて行ってもらい、恩師を訪ねるというスペシャルイベントもあります。

というわけで、この夏は旧知にばったり再会したり、新しくお知り合いができたり、奇遇と思えることがつぎつぎと起こり、自然に流れができて、何かが動き出している感覚が心地よく感じられる日々です。

その流れで本ブログも再開する運びとなりました。皆さん、今後ともよろしくお願いします。m(__)m






by my-colorm | 2014-08-12 11:32 | 日記
武蔵美の教員免許更新講座で選択領域として選んだのはグラフィックデザインコースでした。

理由は、デジタルの時代にレタリングはやらないという声を美術科の先生方からよく聞くのですが、私は中学生には学ばせたいと考えており、その確信が持てる内容であればいいとの期待をもったからです。

タイトルは「文字とデザイン」。言葉や情報の伝達に欠かせない「文字や活字(フォント)」の基本的な知識と、その取り扱い方の基礎を学ぶという内容でした。

必修領域の受講生が150名ほどでしたから、7つのコースに平均すれば20名以上は集まる計算ですが、グラフィックデザインコースは10名と、比較的にゆったりと実習に臨める人数で、終始落ち着いた環境でした。

そんな中に、なんと再会したKさんと友人のCさんもいらして、楽しさが何倍にもなったというわけです。

前提講義は2時間。文字の成立から活字(活版印刷術)の発明、その意義と広がりの歴史をスライドを見ながら学びました。改めて知ることばかりで驚きと感動の連続でした。

続く実習の要領を先生がスイスイ手を動かしながら解説してくださるのですが、いちいち気づかされることばかりで見惚れてしまいました。

課題は、4種類の欧文書体から、好きな書体を選択し、大小、ウエイト(字の太さ)の違う活字素材(数種類のフォントファミリーのアルファベットや数字、記号、約物と、その欧文フォントとさらに親和性のある和文フォントでできた情報文字列)を切り貼りして、仮想のフォント見本帳の展覧会ポスターを作成するというものでした。

先生のデモンストレーションは、文字列が数センチ置き換わったり、文字の大きさがほんの少し変わるだけで、たちどころに印象が一変する、さながらマジックを見ているようです。

そう、すっかり見惚れていると、「まぁ、こんな感じです。じゃあ、皆さん、やって見てください。」と。そこで、4種類の欧文フォント成り立ちの背景の資料を渡されて、好きな書体を選んでくださいというわけです。

ざっと歴史を学んだところで、続いて資料で個々の人気の高いフォントの成り立ちや特徴を調べて、そのポスターを作れと仰せなのです。

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写真は後に購入した甲谷 一著「きれいな欧文書体とデザイン」名作書体の特色とロゴづくりより[株式会社ビー・エヌ・エヌ新社発行]
(この本がまた素晴らしいのですけど)


私が選んだのは、エリック・ギルの「ギル・サン」でした。

合評会は2日目の2時からということで、素材をいただいて実習が始まりました。









by my-colorm | 2014-08-12 09:09 | アート
公立中学校の美術教員を30年やって来ました。そうこうしている内に、教員免許更新の年が来てしまいました。平成27年度末までに更新を終えればいいのですが、この春休みにふと思い立って、恩師の母校であり、入学試験には臨んだものの、敢え無く不合格で入学が果たせなかった武蔵野美術大学での更新講座を選んで申し込んだのです。かつて憧れた大学にこの歳で通えるというのは、心弾む出来事でした。



よく、こんな制度は何の意味があるのかと
by my-colorm | 2014-08-12 01:04 | 日記
長らく更新せずに年月が経ってしまいました。でも、余りにも素晴らしい出来事が続いたので、ぼちぼち再開するのが自然だと思い、久々ながら、書いているところです。とはいえ、スマホの入力画面をポチポチ人差し指で叩いては、変換候補を選ぶという、あまり慣れないやり方で、いつぞやのキーボード症候群(打鍵していないと落ち着かない病的状態)を考えると嘘のようにまだるっこしい気分が…。でも、でもそんなことは大したことでは無いように思える日々が、この夏展開しています。

そもそも、本ブログは、自身の勉強の為に始めたものでした。一つには、文章の構成力を高め、ひいてはわかりやすく相手に伝わる表現力を身につけること、二つ目は、日々の生活の中で、多くの感動を体験し、それを伝えることで、忘れてしまいがちな諸々を記憶しておこうと考えたからでした。

その意味では、これまでも本当は書いて残したかったことはたくさんあったのです。それはそれはたくさん。

ここ最近の私に起こったことは、とても素敵な出来事で、人を介して、多くの学びや導きを与えてくれるものでしたので、少しづつ紹介しながら、記憶に留めておこうと思います。

本ブログに今でも訪問してくださる方々に感謝しております。今後とも初心を忘れず精進してまいります。よろしくお願いします。







by my-colorm | 2014-08-11 23:53 | 日記