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混色の理論を2つの方向性で見つめ直すとおもしろいことが見えてくるものだ。

その2つを「色票から」と「絵の具から」の2方向の見方に絞ってみようと思う。

色票からのアプローチとは、PCCSのカラーカードや、色研の標準色カードのような物をイメージしていただきたい。色相とトーンであったり、色名やマンセル値が示されることはあっても、その色を絵の具などの色材の混合でどう実現(再現)するかは表示されていない。

絵の具からのアプローチとは、仮に2色を混合するとして、どういった混合比を用いるとどのような色が作り出せるかという指標を基にした混色である。しかし、これはありそうでほとんどなかった。私が知っている限りでは、日本色研から20年位前に出され、リニューアルされてこちらの「混色ガイド」が出ている。また、最近中学校にサンプルが配られた教材会社の新製品で、画期的な製品として売り込みを掛けているらしい「混色カード」ぐらい。あまたある混色比率の中で、前者は12色相7トーンの84色、後者は絵の具の基本色11色+白、黒で120色に絞っている。というか、製品として成り立たせるため、絞らざるを得ないのであろうが。

色票の使用者、つまり理想の色を目の当たりにして色を再現する者は、その色を求めて調色するも、濡れ色と乾燥したときの色とのギャップや、再び同じ色をつくり出す技を、経験という時間の積み重ねで獲得しなければならない。その難しさから、あらかじめどういった混色比でつくったかメモをとることを勧めたりして取り組ませたものだ。こうした色づくりは勘といったり、技術といったりするたぐいのもので、中学生でこの技を身につけている者は圧倒的に少ない。あれこれ色をつくりながら絵を描くという積み重ねの中で、試行錯誤の結果、ようやく身につけられるかどうかというところか。経験値が物を言う、習得的、体得的な技術といってもよいのかもしれない。

かつて、色研の「色の学習1」を用いたことがある。そのうちの一枚のシートは、混色して目的の色コマの色をつくらせるというシートである。1時間の中で、早く、正確にどこまでコマの色に迫れるか、用意、ドン!とばかり、半ばゲーム感覚で取り組ませてみた。中には難なく全色クリアできた生徒もいたが、大半の生徒はお手上げ状態。当時は、小学校も完全に週2時間で、中学校に入学時点で多くの経験を積んできたであろう生徒であったにもかかわらずだ。小学校でも図工の時数が減り、今教えている小学6年生を見ても、そうしたスキルは格段に下がって来ていると想像するに難くない。

一方、絵の具を2色選び、混色比をもとに色づくりをする。(子どもははじめからそうそう絵の具を混ぜたがらず、チューブから出した絵の具をそのまま使うことが多いのだが…)実際には混色比つき色サンプルを目標に、基本色同士や基本色+白の2色間の混合比を守って、欲しい色を探る。これはほとんど未経験者の場合、予想しながら試行錯誤の末に色をつくるというよりも、すでに結果はわかっていて、実際このような色ができた、あるいはできるのだというマニュアルにしたがった作業にすぎない。限られた時間の中で、結果を出さなくてはならない場面(学校の授業など)では、即物的に混色結果が得られ、結果を作品化できるメリットは大きい。ただ、私の教え子の中でも、比較的学力が高い生徒が、比率をどう量としてとらえるかを質問してきた。基本色1に対して白4とは?と。自信がなく、確信を得ようとして相談に来たのだろうとは思うが、「チューブから基本色をポチッと出す。それと同じ量の白を4つ出してみて。そう、それが1:4。」。が、それなぞはまだよい。向こうでは、見るからに目分量で(というのも、こんもりと出した絵の具の山から筆で適当に持って行って)混色を試みている。比率の概念が多分に怪しい。あんなことをやらせるためにあるのではない。ん~、手がかかる。


コホン、元に戻そう。


一見同じように見える絵の具の混合という動作ながら、結果か過程かという問いを含む、考えさせられる場面となるところが興味深い。

教育とは結果か、過程か?

よい美術作品を生むことを一義とし、過程を除外視することは、美術教育の目標となり得るか。

試行錯誤をして、経験を積み、苦心の末自分の中に技を取り込み、スキルとして残すも、作品はそこそこであった。これは美術教育とは言えないのか。

色は、表現の上で重要な役割を担っていることは確かである。その色をどのようにしてつくるかということはどうであろうか。という問いを、今回の混色ガイドはもたらした。と私は思っている。

ちなみに、「混色カード」をもっと踏み込んで研究してみたことを次の機会にエントリーしてみようと思う。