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2・3級受験の皆さん、明日はいよいよ色彩検定試験。

全国的にお天気は西日本で雨マーク、東日本はほぼ晴れマークですが、
それぞれベストを尽くされますように。

立ち上げてから1年余りになる某ソーシャルワーキングのコミュに参加されている皆さんも奮闘されていることと思います。

是非、落ち着いて受験してきて下さいね。
by my-colorM | 2007-06-23 21:27 | 色の話
エキサイトブログの不具合がありまして。

この土曜日から訪問者数がいきなり増えて驚いていました。
通常の5~10倍の訪問者数にマジでドキドキしてしまいました。
3桁ですよ。そんな数到底あり得なかったもの。

でも、サイトの不具合なのだとか。
なあんだ。やっぱり「ぬか喜び」だったというわけですね。

今日は普段通りのカウントになり、ちょっぴり安心(少し残念?)しました。

っていうか、ご覧の皆さんにはいつもこんな駄文につきあっていただきまして、
本当にありがとうございます。

とっても私的で、しかも最近めっきり画像も添えることなく…。

なんだか随分お手々を抜いてしまって、申し訳ありません。

少しはマシな記事が書けるよう、日々色々と勉強しなくちゃいけませんね。

反省。
by my-colorM | 2007-06-20 22:45 | 日記
昨日足を運べなかった「ル・コルビジェ展」へ!と思いきや、昼からサークル活動に向かう息子と「T島屋」まで父の日のプレゼントを見繕いに出かけました。

今日京都に帰る私が持参して配達すれば、息子の「父の日」には完璧に間に合います。
ということで、彼はカジュアルでいかしたポロシャツをプレゼントに選びました。
メッセージは後でメールすると言っていました。なかなか今風な作法です。

息子の買い物に触発されて?私も自分の父にしぶ~いポロシャツを選び、明日にはなりますが配送してもらうことにしました。真っ赤なバラの包装紙に緑のリボンをつけてもらいます。うん、鮮やか!

一度財布の紐がゆるむと、さあ大変!

息子とは昼時に新宿で別れ(やっぱりしばらく会えないと思うと別れはつらく、涙が…)、その足で私は六本木に向かうはずでしたが、突然気鬱になり、そのまま新宿で過ごすことにしました。

そして向かった先が生活雑貨の「Francfranc」。ネットでチェックしていた雑貨が目に入ってきた途端、一気に買い物モードへ。

水出しコーヒーポットとそれとは別に麦茶用にガラスのティーポットから始まり、四角いお皿やカラトリー、エッグボイラーにディッシュスタンド、マウス型アイロン、バスマット…。

そして見つけたのが遮光カーテンの値引き品です。

昨日、今日と東向きの部屋にはこのままではこんがり焼けてしまうのではないかと思えるような日差しがレースのカーテン越しに侵入してきます。カーテンというと部屋の雰囲気を決めてしまうので、布団カバーとともに保留していたのですが、前回上京の折、布団カバーを購入しましたので、今回これ!という物が見つかれば是非買ってやろうと心に決めていました。

そして巡り会ったのがブルー系の遮光カーテン。しかも4割以上値引きののセール品。ラッキー!

少々高くはつきましたが、値引きの恩恵もあって満足度の高い買い物ができたと喜びました。そして次の店「エディーバウアー」に入りました。息子にと思って男物を覗きましたがピンとくるものはありませんでした。結局自分の服を数枚買って買い物終了。

ランチをいただこうと向かい側にある「Afternoon tea」へ。ここでいただいた「真だことオクラの冷製パスタ」がとても美味しゅうございました。セットの飲み物に頼んだ「アールグレイ」もカップに3杯強もあって、これでもかというほど、ハイ、堪能いたしました。

買い物熱が冷めてきましたので、一旦東京基地に戻り、購入した物を納めなければなりません。基地は新宿から二駅の好立地ですので、スムーズに戻ることができます。

さて、荷物を下ろし、何はともあれ、まずはカーテンの取り付けからです。

が、しか~し。

広げてみるとなんだか嫌な予感。レディメイドのカーテンですが、こういう場合、大体、規格品なはず…。なのに、な、な、なんと「寸足らず…!」だったんです。カラーは少しずつ支配してきたブルーグレイにマッチしていて東向きの夕刻の光にぴったりなんですが、何しろレースのそれに比べ文庫本一冊分短いんですよね。そして横幅はというとそれが妙に長いんです。

トホホホ。セール品だから返品は利かないだろうし、ましてやお店にとって返す時間が私にはありません。これは今度夏休みにゆっくり来たときに、責任を取って横長の余分を下に持ってきて仕立て直すしかありませんな。一つ仕事を増やしてしまったようです。住人には当分はこのまま、寝ていて日焼けということは避けられそうですし、我慢してもらうことにしましょう。

はてさて、すっかり興ざめしてしまったお買い物の顛末でした。残りの物品を使えるように洗い、整理しました。

これから京都に帰ろうと思います。今回は部屋の片づけの世話焼きはやめておこうと思います。

今度は夏休みかな。「ル・コルビジェ展」は9月までやっていますし、上野の西洋美術館のパルマ展もまだ間に合うでしょう。

これからも楽しみの尽きない東京詣でです。
by my-colorm | 2007-06-17 18:00 | 日記
午後から六本木「国立新美術館」に向かいました。
黒川紀章氏の設計によるうねるガラスの外観。1階の一番奥が会場で私が着いたときは最後尾が40分待ちの看板でした。けれど比較的列も短く、それほどのストレスは感じませんでした。

さて、「モネ」です。

色を学び、美術を教える身としては、これほどまで「色彩」と「光」にこだわった画家に注目しないわけにはいきません。

今回の展覧会は作品に密着することなく、観客の頭越しであっても大半は距離を置いて鑑賞することに徹しました。その方がモネの意図を酌みやすいことはこれまでの経験で知っていたからです。近くで観たら、それは荒々しいタッチの絵の具のぬたくりにしか見えません。離れてみると途端に光溢れる現実の風景が浮かび上がってくる、それが「モネ」の絵です。

私は制作年代と作品に注目しました。

若い頃のモネは、それこそ伝統的で、ありがちな、いわゆる明暗法による風景を描いていました。まるでコローやミレーといったバルビゾン派の画家を彷彿とさせるような森と川の風景にはむしろ驚きました。これは1850年代ですから、モネがまだ10代の頃の作品です。丁寧な筆致の中に、水面の映り込みといった生涯彼がテーマにした画題がすでに描かれています。

ルネサンス以降、西洋の絵画は明暗画法(キアロスクーロ)と透視図法により、空間と立体感の三次元的表現こそがその目的とされてきたという歴史があります。絵画においては、物がそこにある感じ、つまり再現性が重要でした。「光」は、「闇」とのコントラストによって初めて成立し、あたかも室内に明かりをともす効果や舞台照明のような劇的な表現によって生まれるものではなかったでしょうか。テンペラ画にしても油絵にしても、いわゆる「陰影」は、あらかじめ下塗り段階でつくったモノトーンの明暗表現に負うことが多々あります。それにおつゆがけをして色みをつけるといった表現がなされていたわけですから、もともと色そのもの持っている明るさ・鮮やかさを利用する術を持たなかったのではないかと考えます。そもそも「固有色」の考え方で、物体に固有の色がついていると思われてきた長い歴史と連動しているのではないでしょうか。

そして「印象派」の時代がやってきます。

見逃してはならないのがロマン派のドラクロアやターナーの系譜。ここに荒々しいタッチの中にきらめく光や色の可能性を感じたのかもしれません。そして戸外で描くバルビゾン派からの影響。自然主義がまさにモネの生涯にわたる徹底した現場主義に繋がっていると思わざるを得ません。

さて、その現場主義を支えたのが「チューブ入り油絵の具」だったということは以前書かせていただいたとおりです。そしてその絵の具こそが画面上で光を放つ高彩度の絵の具であったことはモネの作品の色からも想像がつきます。もちろん色の現象としての補色対比は以前の画家も意識的に使っている事実がありますが、もちろんモネも色の対比を駆使しています。それにしてもモネは本当に鮮やかな「赤」を多用しています。また、「青」も「緑」も「オレンジ」もかなり鮮やかな色が使われているのがわかります。合成顔料が頻繁に作られるようになり、その技術の恩恵がモネの作品の数々に示されているようです。鮮やかな絵の具とそれを対比的に使うことでさらに生まれるまばゆさ…。

画家のパレットは厳しく色の配置が定められ、まんま光り輝くような鮮やかなものです。つまりパレット上で混色することは極力避け、画布にそのままの絵の具がのせられ、粗いタッチで置かれたことの証です。なので作品は絵の具本来の鮮やかさが失せず、それが画面の明るさに繋がっているのです。

たとえばモネの風景画に「雪」が登場しますが、雪の白さが見事に表現されています。モネにかかると水墨画のような無彩色の画面にはならず、影色が「青」や「紫」であったり、明るい光の当たる部分にはごく少量ながら「赤」や「緑」さえ登場します。それらが離れた地点からはいかにもそれらしく、まばゆいばかりの外光が見る者を魅了します。これは点描画法の理論的な根拠である「併置混色」の効果です。

展覧会ではモネにインスパイアされた画家たちの作品も展示されていました。そこにはなるほどモネの追求した「光」とその表現のために使った様々な「色彩表現」からの影響を見ることができました。スーラも色彩理論を実践した画家ですが、モネの経験値が踏襲されているに違いありません。しかし、スーラはどうしても絵画というよりも実験的でありすぎます。しかしそのことがひょっとすると、絵=再現という常識的な図式を破っていく方向へと転換していった流れそのものかもしれません。さらにドランともなると「色彩」こそが絵画を成立させる最重要要素となっていきます。ドランにとっては空間や立体感は問題ではありません。絵画の方向性は描かれる物の再現というより、いよいよ純粋に色と形の追求へと向かっていきます。

特に、晩年の白内障を患ったモネの極端に荒々しいタッチは、絵画の常識を覆すようなパワーさえ感じましたが、抽象表現のジャクソン・ポロックなどもこうしたモネからの流れであると感じずにはいられません。

モダンアートの世界に至るまでの影響力を考えるとき、光を追求し続けた「モネ」の偉大さが身にしみます。

戸外であくことなく、目の前にある光り輝く世界を自分の絵画で表現しようとしたモネ。

今ではUVカットの化粧品や繊維が当たり前になっています。私などもそうした紫外線対策をしないとどうもお肌のシミが気になります。最近「○デイアキュビュー」の宣伝アンケートで目の紫外線対策について考えさせられました。今でこそ化粧品をはじめとするUVカット商品はたくさんあります。オゾン層破壊が原因で悪玉の紫外線が以前よりも増して降り注いでいるという事実も知っています。

ではモネについてはどうでしょう。19世紀から20世紀をまたいで、日がな戸外で光を追求し続けた訳ですから彼の目も紫外線の影響を少なからず受け続けたに違いありません。晩年、白内障を患いながらも描き続けた彼の作品を見つけたとき、作品に釘付けとなり思わず涙がこみ上げてきました。記憶を頼りにパレット上の色を画面に置いていく日々。画家の苦悩は図りしれません。悩みながらも描くことをやめなかったモネの心中はいかなるものだったのでしょうか。

筆致の大まかさに、いつもの観客の雑音には「短時間で描いたんだろう」というものが多かったのですが、「睡蓮」の連作では、光が刻々と変わってしまうので、ジヴェルニーの庭にキャンバスをいくつも置き換えて時間帯ごとに何日も継続して描き続けたというモネ。常に時間との闘いを演じていたのだろうと思います。夕日が沈むオレンジに染まる画面。戸外では一瞬の出来事ですが、それを何度も何度も日を追って追求していくあくなき執念には頭が下がる思いです。

こうして、若冲の時は間近でべったり時間をかけて堪能する鑑賞でしたが、今回は一定の距離をおいての鑑賞形態を取りました。どちらも浸りきることができたのには大満足でした。

光溢れる明るい世界をキャンバスに再現する手法をこの世に示してくれた偉大な画家モネの目は確かだったようです。今回そのことをお伝えできたら幸いです。

さてさて私の方ですが、モネ展のあと、「21-21デザインサイト」の「チョコレート展」を観ました。とっても楽しい展示でしたよ。これこそ気楽にご家族や友人はたまた恋人と連れだって行かれたら楽しさを共有できる展覧会です。

私?一人でクスっと笑ったり、おおっと感嘆したりとちょっぴり淋しかったかな。会場の雰囲気は「金沢21世紀美術館」の展示と通じるところがあってなかなかおしゃれでした。入り口でチョコレートをいただいたときは「新しい!!」と感じました。それこそ味覚も含め五感で楽しめる展覧会です。(館内での飲食は×ですけど)

京都ももっとがんばらないと!!って感じました。
昨日、昼過ぎに出立の予定が、会議が2時まで伸び3時ごろ帰宅。慌てて4時過ぎの新幹線にまさに飛び乗り東京に向かいました。

ところが、その3分前の4時06分、「新横浜駅」で人と列車が「衝撃」したとのこと。現場検証やらで上下線とも運転見合わせ。私の乗った列車は「岐阜羽島駅」で足止めを食らいました。運転再開は50分遅れ。東京到着もそのままずれ込みました。

出発前からダダ遅れですから、夕刻のモネ展鑑賞はあきらめておりましたが、基地到着時すでに8時を15分も過ぎておりました。トホホ。

さて、今回の息子の部屋。

改善点…洗濯はしてあった。通気がされており嫌な臭いはしなかった。

駄目出し…流しの洗い物放置。もちろん布団は敷きっぱなし。教科書・ファイル・ノート類の散乱。…。

5分後くらいにタッチの差で帰宅した住人は「茶髪って」いたました。眉はおそらく失敗したんだろうと思いますがまだらになっていました。

あ~あ。なんてこったい。

私、開口一番「今回は家政婦はしませんのであしからず。」
息子「はいはい。悪うございました。どうぞよしなに。」

その後、近場のステーキハウスで夕飯。その店、無愛想な主人ながらハンバーグは美味しゅうございました。

再び部屋に戻り、ビールを飲み直し。前日の疲れもあって私はバタンキュー。
息子はというとシケプリ(試験対策プリント)の作成とやらでその後都合4時まで奮闘していたようでした。

と言うわけで朝は起きるはずもなく…。

結局、洗い物をしたり布団周りを掃除したり、干しっぱなしの洗濯物を畳んだり。久しぶりと思われる炊飯器を仕込み、冷蔵庫を物色。といっても前回私が買い置きしておいた食材の野菜類はひからび、すでに食するに値せず。かろうじて食べられそうなのは冷凍食材のシーフードミックスとほうれん草のみ。それを炒め朝食の準備をしました。

そして9時過ぎいったん起きて朝食を摂ると息子はまた寝てしまいました。今も気持ちよさ気に寝息を立てています。

やれやれ。ほんと。何しに来てるやら。

午後からお出かけ(といっているですが)の息子と同時に出立して昼から「モネ展」、「凝る美じぇ(←なかなかおもしろい変換!)改め、コルビジェ展」に出向こうかと思います。


ところで明日はいよいよカラコ2・3級の試験ですね!
受験される皆さん、落ち着いてがんばってくださいね!!


っていうか、息子PC環境良すぎる。さくさく書き込めるし。
私も近いうちに光ファイバーと最新PCに乗り換えたいです。(物欲満開)

おっと、今日は「いろの日」なのにこんな日記書いてる場合じゃありませんね。失礼しました。
by my-colorm | 2007-06-16 11:49 | 日記
前回のGW。

一日は息子とお出かけして「ダ・ヴィンチ展」を観に行き、昨年夏にうさみさん、まどねこさんと行った「じねんじょカレー」で再び体によさそうな薬膳カレーをいただき、その先の本格インド料理の「ダージリン」(だったっけ?)でお茶しました。一度行ったところを訪ねるのも楽しいものですね。残りの日は息子の部屋(=私の基地)のお片付けで終わってしまいました。雨降りの単独行動では、テンション下がりますものね。

さて、今回こそ「大回顧展モネ」を観に新美術館に出向きます。7月3日までの会期。この週末に行かないともうチャンスはないのです。NHK「迷宮美術館」で取り上げていたので、どんな作品が来ているのかがわかりました。色の勉強をしている身としては、特に今回は見逃せません。事後、一回飛ばしてしまった「今日はいろの日」のスペシャルバージョン(おおげさ)として記事を書こうと思っています。(まだ、ダ・ヴィンチ展もろくにレポートしていないのですが…)

15日(金)は前日までの宿泊学習の回復措置(泊を伴う勤務の場合、勤務時間の回復のため退勤が早まります)ですので、夕刻新幹線でひとっ飛び。まずはモネ展を8:00まで鑑賞するつもりです。夜の鑑賞の方が混雑を避けられるということなので…。

あぁ東京。上野国立西洋美術館の「パルマ展」も観たいな~。
出かける前にまた展覧会チェックしておこうと思います。お薦めがあればコメント下さい。

「ダ・ヴィンチ展」は6月17日までですから再びもありでしょうけど、駆け込み観覧で混雑するんでしょうね。

もちろん晩は美味しいものをいただきたいと思います。いいとこありませんかね。

来週の日曜日は、カラコの試験日ですね。mixiのコミュの方は東京基地で対応しようと思います。受検の皆さん、追い込み頑張って下さいね!
by my-colorM | 2007-06-10 09:33 | 日記
そう。「若冲展」追加レポートです。なかなか更新できず申し訳ありませんでした。もう昨日が最終日だったというのに…。

ま、しかし、私自身の心覚えに記しておこうと思います。

とりあえず、どんなにつらい待ち時間であっても、来た価値あり!!の逸品ぞろい。これほど若冲に浸れるとは思いませんでした。本当に贅沢でした。

そして若冲のあの細密な描写を支えたのが、前回紹介した「信仰」であった。そのことが存分に実感できたのです。

若冲といえば「群鶏」に代表される鮮烈な鶏冠の赤と尾の黒そして羽毛の模様やそうした鶏たちの、歌舞伎で言えば見得を切っているような劇的なポーズにその魅力を感じる方々が多いでしょう。確かに私もそのような若冲の真骨頂たる「鶏図」も好きです。

でも今回は「池辺群虫図」に若冲の、生きとし生けるものを照らす仏のこころに到達しようとする思いを実感し、強い共感を覚えました。まるで江戸時代の「本草絵図」を見るような細密に描かれる植物に、蛇や蛙、やもりやかぶと虫、蝶々…、よく見るとおたまじゃくしや蟻も描かれています。若冲らしく、どこにも手を抜くところはなく、細密描写に貫かれた画面はその虫たちの配置にも独特のこだわりを感じました。

おたまじゃくしひとつ描くのも彼にとっては在家修業の一つだったんだろうと思えてくるとその真摯な姿勢がたまらない魅力として際立ってきます。

昨年目の当たりにした、プライスコレクションの「鳥獣花木図屏風」升目8万6000個を超えるとされている異色の屏風絵。(昨年の記事はこちら)これに対する見方が変わってきました。プライス氏が自身の浴室の壁面のタイルにしたほど、氏のお気に入りのあの屏風絵ですが、まるで私には宗教画にすら見えて来るのです。一マス一マスに丁寧に塗り込んでいく過程で積み上げていく来世への徳…。

もちろん、こうした考えは私だけの飛躍した解釈なのかもしれませんが、「釈迦三尊像」と左右15幅ずつに配された「動植綵絵」を身動きもとれないまま、いえ、それを逆手に一部始終を見て取っていくうちに、そんな風に思えてきたのです。

一筆一筆に渾身の技を施していく修行者若冲が私たちに残していった一人の人間としての存在証明。圧倒的な構成力で、描かれたものの一番印象的な姿を、見る者に焼き付けていくようでした。


並び始めてから帰路につくまで結局4時間余り。足が棒になりましたが、私の内面世界は充実し、豊かなものに満たされた思いでした。

若冲、120年ぶりのお里帰り。これを機にこのような展覧会が数年に一度でも実現しますことを祈ってやみません。
by my-colorM | 2007-06-04 10:31 | アート