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この夏、旧知の3人と再会することができました。

一人目は偶然、教員免許更新講座で。二人目は、Facebookでのやりとりで、帰省するならと、一緒に三人目を訪ねることになって。

共通項は母校、藤枝東高校の美術部。美術教育に携わることになった原点ともいえます。

高校時代の恩師といえば、担任のI先生や古文のS先生も思い浮かびはしますが、強烈に影響を受けたという点で、再会を果たした三人目の人物、K先生は大きな存在です。

K先生は、母校を卒業して、武蔵野美術大学彫刻科に進まれました。卒業して彫刻家として作品を発表しながら、29歳で高校教師として、別の高校からご自分の母校に赴任された年に、私も入学しました。来られて早々、ガラクタ置き場の様な美術準備室を、モデルを置いて2〜4名がデッサンしたり油絵を描いたりできる部屋にしつらえ、「美術手帖」を読ませてもらえたり、専門の彫刻について、特にジャコメッティについては熱っぽく、私たちに語ったりしてくださいました。参考になる作品があれば、そのよさを私たちに問いながら、具体的に示してくださったり、美術って面白いだろうと本気で思わせてくださる先生でした。

だから、その先生の影響を受けて、美術にのめり込む生徒が少なからずいたのです。

私ももちろんその中の一人です。私の場合、初めのうちは、受験のためのデッサンという意識はありませんでした。中学時代に授業で「大顔面」の面どりの鉛筆石膏デッサンが、ちょっとだけ上手く描けた気がしていました。部活で足を踏み入れた高校の美術室に、ヘルメスやミロのヴィーナスの頭像、ブルータス…などの石膏像がいっぱいあるので、片っ端から木炭デッサンをしていただけだったのです。夕刻、モチーフの明暗が判別出来なくなるまで、木炭とパンにガーゼで、イーゼルに立て掛けたカルトンに目玉リップで固定した木炭紙と格闘していました。楽しい日々でした。

受験のためのデッサン指南に、再会二人目の人物Mさんが準備室にやって来ました。武蔵美の建築科を目指すと言う彼女は、決められていたはずの制服のベストは短く、スカートは長め。カールした髪に、少し化粧っ気のある、ちょっとませた感じのお姉様でした。頭が切れて、数学とかが好きとか言ってるのがなんかギャップがあって、印象的な先輩でした。デッサン練習の成果もあって、見事に希望の進学を果たし、東京へ。1年後、たしか私が武蔵美を受験するときに泊めていただいたのがお会いした最後でした。数年前にたまたま本ブログを訪れてくださり、建築の仕事で活躍されている近況を知ることとなりました。それから、実際、再会したのはつい先日ということになります。

2年になると、美大系の受験のためにと、同学年の女子が二人、美術部に入部して来ました。その二人は、私と同じ中学出身で、一人はお家が広告デザインをされていたと記憶しています。彼女たちは基本形の鉛筆デッサンから始めて、静物画のデッサンを件の先生の指導で進めていきました。その中の一人が、教員免許更新で声をかけてくれたKさんです。Kさんは、先生の勧めもあって、日本画科を目指すことになりました。

恩師のところには、他にも美大系を目指しているものが何人もいて、その影響を受けていますが、こうして、生徒に応じて、的確に進路指導、受験指導をしてくださったわけです。

私はというと、同い年が自分の進路をしっかり目指していることに焦りを覚えつつ、迷っていました。兄二人が京都の私立大学に進学したので、選択肢が限られていました。国公立、兄のいる京都なら進学も許してもらえるのではと目論見ました。美術は自分の中でどんどん膨らむ夢。美大に合格する力はまだ全然身についてはいないが浪人も出来ない。揺れに揺れる心に、K先生が方向づけしてくださいました。

こうして、美術教員になる道筋をつけてくださったのですが、その恩師を、先日、実家に向かう途中で訪ねたのです。

そこには、二年前に脳梗塞で倒れながら、復帰を果たし、右手を左で補いながら、作品に向かう彫刻家として現役でいらっしゃる先生の姿がありました。自身の美術に対して少しも変わらない思い、ぶれない様子に、この人に学んだんだことは、今も私の核としてあると、しみじみ思ったものです。残り少なくなってきた教員生活に、全力で当たらねばと気持ちが引き締まる思いでした。

三人で話しているうちに、再会二人目のMさんに、もう絵は辞めたのかと尋ねられて、「いやぁ」と首を傾げてしまいました。正直な思いから、出た答えでした。というのも、自分の中で、作家として絵を始めたことがないのです。だから辞めたのかと問われても実感がまるでない。

逆にいつ始めても「あり」というのが、K先生の答えでした。とても温かいその言葉に救われる思いでした。


先生のお家を後にして、懐かしさの余り、高校時代に描いた自分の作品に会いたくなりました。実家は、幹線道路の建設のため、立ち退きにあい、1/4ほどの三角形の土地を残して移転しました。家族には必要のない私の作品は、その土地に据えられた物置小屋に置かれたまま、数十年経つわけです。

今日、その地を訪れると、処分されずにそれはありました。物置のスチールの壁面に触れていた部分は、結露のせいか木部は腐り、紙は朽ち去り、絵具は剥落していましたが、一枚の自画像はほぼ無傷でした。その一枚を救い出して、現住所に送りました。

高校時代の恩師、先輩、同級生と旧交を温め、さらに、自身の美術に真摯に取り組んだ過去とも再会を果たしたこの夏は、私の何かが動き出すきっかけになりそうな気がしています。


追記:再会なって、家に届いた高校時代の自画像。部分ですが…。

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目線が合っているので、どこから見てもついてきます。生活空間にはちょっと大きいF20号サイズ。送ったものの、置く場所に困ります。笑












by my-colorm | 2014-08-16 08:13 | 日記
最近も新しい文房具好きが止まらない私です。先日の免許更新講座に向け、前の日に出掛けた世界堂本店で購入した新しい文具だけでお道具箱を揃えてしまった程です。

ちょっと困ったのは、0.2mmのシャープペンシルでした。細いパイプで針のような芯をホールドし、そのパイプの丸みを帯びた先端が紙に押し付けられて引っ込み、芯先が露出するしくみになっています。シャープペンシルの書き味はスルスルとスムーズ。常に細かく筆記し続けることができます。一度のノックで随分たくさん書ける優れものです。

で、困ったというのは、先日受講した免許更新講座に持って行ったのがこのシャープペンシルだったからです。内容はお伝えできませんが、認定試験がありまして、これがなかなか広い解答枠だったのです。

この頃の教員はほとんどがPCで文書作成します。とりあえず入力したものや、別に作成したりされたりした文書を活用して、コピペ、デリート、カット&ペーストを駆使し、作文というより編集することで文書作成をします。手書きで文章を書くことが余りにも少なくなっているので、今回の試験のように、「○○について説明しなさい」式の論述問題にはだいぶ弱くなっているのではないかと思います。

そこへきて、解答枠に見合う(見た目の)量を書くために、細かく書けるシャープペンシルが仇となりました。推敲すべき文章量が思いのほか多くなり、書いては消し、書いては消しで、やたら時間をかけた割には、簡潔とは程遠い論述になってしまいました。もちろん限られた解答時間ですから、どの問題にもとはいかず、結果、配点高めの最後の問題が尻切れトンボに終わってしまうという失敗を招いたのです。(本当のところは自身の準備不足が原因ですけど…(´・_・`) )


この経験から、もっと、普段から手を動かして文章を書く必要があるなぁと考えました。今もおられるでしょうが、昔の物書きは凄いですよね。原稿用紙にスラスラと文章を綴って行った。書く時には文章は構造化され、書き手の頭の中で完成しており、手はあたかもそれを再生させるためのマシンであるかのように。

そこで使われていたのが万年筆ですよね。太めの胴体が手に馴染み、「書き味」という言葉が最も似合う筆記用具ではないでしょうか。

二度目の東京で、代官山にある蔦屋書店に出掛けましたが、そこで見かけたのが万年筆です。高級万年筆は、もちろんそれで仕事をする人にはこだわりのあるブランドがあるんだろうと想像しながら、試し書きのできる、手頃価格の万年筆を試します。すると、紙との独特のこすれ感と続け字の味が懐かしく蘇りました。

中学生の頃、担任の先生が万年筆でとても素敵な文章を書いていらしたので、私も真似して万年筆を使ったりしていたのを思い出しました。最近はフリクションペンで、生徒のワークシートやノートにコメントしてる私ですが、試し書きをしながら、赤インクの万年筆でコメントを書くのもいいかもと想像してワクワク。またもや、衝動買い発生!というわけです。

買ったのは、赤ペン用とお手紙書き用の2本です。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B0007OEDDE/ref=redir_mdp_mobile#immersive_view?1408085481458


赤ペン用には赤のPelikan Pelikano junior。別売りの赤インクと一緒に購入。夏休み明けが楽しみです。テストの採点にも使えるかも。夏休み明けから、私、赤ペン先生ですね。σ^_^;













by my-colorm | 2014-08-15 16:15 | 日記
免許更新講座ではあっと言う間に時は過ぎました。楽しい時ほど早く過ぎ去りますね。

でも、今年は、京都に帰っても毎日に張り合いがありました。一週間後にはまた東京行きが決まっていたからです。

息子が住むマンションの配管清掃に立ち会ってもらえないかとの依頼に、渋々いえ、それ程迷うことなく応じることにしたのです。勉強だけで充電には程遠い毎日だったから。

既に決まっていましたので、Cさんとの別れ際の淋しそうなお顔に、「すぐにまた会えますよ!」とすかさず声を掛けました。

一週間経って、また東京で再会です。

Kさんのグループ展は本日まで高島屋日本橋店で催されていますが、ギャラリートークのある日がたまたま、件の配管清掃を終えた午後からと、トントン拍子で物事が進んで行きました。

月曜日は息子が出演する公演も予定されてましたが、Kさんから紹介していただいて、画材店「ウエマツ」の社長Uさんとお話をする機会に恵まれました。研究室でお仕事をされていたにもかかわらず、時間を忘れてしまうほど、楽しくあれこれと示唆に富むお話をいただいたのです。話が弾みすぎて、四ツ谷での息子のイベントが19:00からと聞いていたのに、危うく、遅れるところでした。これもたまたまですが、開演が少し遅れて事なきを得ましたが…σ^_^;

Uさんから聞かせていただいた、このときの色に関する様々なお話はゆっくり書かせていただきます。

そして今日は、ブログもあるという素敵な手作りインテリアを見せていただくということで、Cさんを訪ねます。

足を運ぶつもりの展覧会は今3つあるにはありますが、この休暇中に実家にも立ち寄りますし、そこで、懐かしい先輩に連れて行ってもらい、恩師を訪ねるというスペシャルイベントもあります。

というわけで、この夏は旧知にばったり再会したり、新しくお知り合いができたり、奇遇と思えることがつぎつぎと起こり、自然に流れができて、何かが動き出している感覚が心地よく感じられる日々です。

その流れで本ブログも再開する運びとなりました。皆さん、今後ともよろしくお願いします。m(__)m






by my-colorm | 2014-08-12 11:32 | 日記
公立中学校の美術教員を30年やって来ました。そうこうしている内に、教員免許更新の年が来てしまいました。平成27年度末までに更新を終えればいいのですが、この春休みにふと思い立って、恩師の母校であり、入学試験には臨んだものの、敢え無く不合格で入学が果たせなかった武蔵野美術大学での更新講座を選んで申し込んだのです。かつて憧れた大学にこの歳で通えるというのは、心弾む出来事でした。



よく、こんな制度は何の意味があるのかと
by my-colorm | 2014-08-12 01:04 | 日記
長らく更新せずに年月が経ってしまいました。でも、余りにも素晴らしい出来事が続いたので、ぼちぼち再開するのが自然だと思い、久々ながら、書いているところです。とはいえ、スマホの入力画面をポチポチ人差し指で叩いては、変換候補を選ぶという、あまり慣れないやり方で、いつぞやのキーボード症候群(打鍵していないと落ち着かない病的状態)を考えると嘘のようにまだるっこしい気分が…。でも、でもそんなことは大したことでは無いように思える日々が、この夏展開しています。

そもそも、本ブログは、自身の勉強の為に始めたものでした。一つには、文章の構成力を高め、ひいてはわかりやすく相手に伝わる表現力を身につけること、二つ目は、日々の生活の中で、多くの感動を体験し、それを伝えることで、忘れてしまいがちな諸々を記憶しておこうと考えたからでした。

その意味では、これまでも本当は書いて残したかったことはたくさんあったのです。それはそれはたくさん。

ここ最近の私に起こったことは、とても素敵な出来事で、人を介して、多くの学びや導きを与えてくれるものでしたので、少しづつ紹介しながら、記憶に留めておこうと思います。

本ブログに今でも訪問してくださる方々に感謝しております。今後とも初心を忘れず精進してまいります。よろしくお願いします。







by my-colorm | 2014-08-11 23:53 | 日記
教員歴を来年で30年を迎える私。

自分のや息子の卒業式を入れると38回目を数える卒業(卒園)式の直後、思わず同僚につぶやいていた。

「本当にいい卒業式だった。やっと終わったね。だけど、ループする。私たちの仕事はまた、始まるんだよね。」

戻りたくても戻ることができない、学校や友達、先生との別れを惜しむ涙と、それを乗り越え、物事に区切りをつけた晴れやかな笑顔とが入り交じりながら、握手をしたり、ハグしたり、手紙をくれたり、写真を撮ったり…。

一人一人の成長に目を細め、私の中で「今年も送り出せた」というささやかな満足感が湧いてくる。

そうすると、いつもながら、先輩を見送る美術部員(在校生)にそれまでとは少し違う感情が芽生えてくる。

「次はあなたたちだ。来年のこの日を感動の涙と心からの笑顔で迎えられるように互いに精一杯頑張ろう。」

その感情が、2年生の生徒達にも向けられる。一人一人への無言のメッセージ。

これからの1年を充実させていけば、今からでも大きく成長できる。自分の進路の可能性を広げることができる。自分に向き合え、絶対に投げ出すんじゃない!!



教科や分掌の仕事、学年の仕事、生徒対応…、諸々の仕事に日々追われながら迎える卒業式の後の数時間ほど、教師に効果的に心の休息を与えてくれる時間はないのではないかと思えてくる。つかの間の休息の時間を経て、リセットだ。

次の日、私もそうだったが、3年生の同僚は一様にぼんやり停滞していた。今日は公立高校の合格発表という重大イベントがある。朝の打ち合わせの時間、常は朝学活前ということで慌ただしく立って行うのだが、脱力して数人座り込んでしまった。そうか、他学年はともかく、うちは落ち着いて座ってじっくり今日の動きを確認すればいいんだ。暗黙の了解で、皆座席に腰掛けた。

近隣の高校へ向かう先生が学校を出発。発表を見に行った生徒は学校に報告に来ることになっていて、合否結果をうけ、ます担任が対応する。午後、不合格者への対応を改めて学年教師で検討し、保護者へのアプローチを確認して進路確定のために動く。

その他のことはすでに万事動き出している。来年度への準備。学年や分掌が定まっておらず、うまく引き継げるようにしておくことが目下の目標だ。


そう、こうやって一部リセットされて、私たちの仕事はループしていくのだ。
by my-colorM | 2012-03-17 11:54 | 日記
私は文章中に三点リーダーっていうのをよく使う。「…」のことだけど、「等」のようにまだまだありますがと、単純に文末を省略するときとかもあるけど、時にはそのことにあきれていたり、そのことについて思考中であったり、落としどころの感情があいまいなため確信めいた物言いが似つかわしくないなどの理由で、語気を和らげたいときに使っている。そんな場合は気分に応じて「?」「!」で装飾することもある。

件の「新年の抱負…」だが、こう書くとどうも妙な感じがする。

見た感じ、「で、あるの?抱負は!」って突っ込みたくなるでしょ。それって私だけ?

人間(大きく出た!)、自分の中に大なり小なり弱点を抱えていて、それではあかんなと思って何とか克服しようと努力している、またはそのつもりでいるわけです。年頭に当たり、重い腰を上げ、いろんな言い訳を排除して自分の弱さに対峙する。それが「新年の抱負」なんですね。

私もご多分に漏れず自分自身に誓いを立てようとしているのですが、これがどうもうまくない。

産みの苦しみっていうものかしらん。

何がそうさせているかというと、今私の目の前にあるタイトルが私にとってとても重いものだからなのかも知れません。私はこうします、こうしたいですがすっと言えない。

どうも粘っこい「執着」が私の中には存在する。けれどそれを振り切って軽くなりたい、清々しくありたい。

今、そのせめぎ合いが起こっているのだと思う。

2008年以来、今となってはブームとも言える「断捨離」。ここにその三文字を書くだけでも勇気がいる。

私の今年の新年の抱負…。
by my-colorM | 2012-01-03 08:20 | 日記
昨年の3.11を境に変わったこと。

私はあの大災害の当事者ではありませんでした。にも関わらず、私の中でさえも変化は起こりました。というより、誰一人免れることなどできなかったのではないでしょうか。

職員室にいて、長く続いた揺れの直後、iphoneで得た目を疑うような速報以来、ネットやTV報道をはじめとして、身の回りに飛び交うありとあらゆる情報が深い悲しみや不安、恐怖をもたらしました。そして後戻りの利かない無情と喪失感。ついで身内や知人への尽きせぬ心配が俄にわき起こりました。隣席の同僚の親類縁者を皮切りに、見知らぬ誰かの身に起きたかもしれないさまざまな出来事やそうした人たちの思いを想像することで、鬱とした心持ちが支配していきました。時を経ても、ずっと澱のように、心の底に沈殿しているのであって、時折何かの拍子に浮かび上がっては、静かに漂い、あるいは激しく渦巻き、緩やかに旋回しながら、また底に沈んでいく、その繰り返しのように思えてなりませんでした。

凄まじい光景が、報道のフィルターを通して希釈されているにも関わらず、また事実のごく一部を切り取った部分に過ぎないと承知していても、私の心を悲しみで満たし、容赦なく圧迫しました。これは本当に現実なのだろうか。こんな事が起こっていいのだろうか。今回は免れたけれども、これから先、別のどこか、または自分のいるこの場所で再び繰り返されるのではなかろうか。

けれどもそれから起こった変化は、阪神大震災の後に似て、いやそれを遙かに凌ぐ規模とスピードでめまぐるしく展開したように思います。

勇気を持って事に当たる。できるかできないかではなく、それぞれの立場でやるべき事をやる。

そうして行動を起こした人々が、私の中の弱気やあきらめや無力感を次々と打ち砕いていきました。

「大丈夫、何とかなる」

この言葉は、4月に転任した学校で、受け持つことになった部員の一人がよく使う口癖だったのですが、いつの間にか私が一番頻繁に発していることに気づきました。小さい意味においては、何ら確信も根拠もない無責任な物言いにも感じられるのだけれど、大きな意味においてはいつも正しいような気がして、私を奮い立たせる呪文になっています。

ただ、この言葉に隠れた本当のところは、「何とかなる」(他力)ではなく、「何とかする」(自力)です。私が、あなたが、事に当たり、状況を打開するのだと強く思うのだという裏の意味を感じながら発しているように思います。


新しい年がはじまりました。大きな悲しみは消えることはありませんが、小さな希望を胸に一人一人が前進することで、きっと何とかなるんじゃないでしょうか。

昨年、いろいろな方と出会いました。ちょっと足を運んだだけで思わぬ人と繋がることもありました。そしてほんのちょっとの勇気でお話しすることができた方もいます。そう、ほんのちょっとというのがおもしろいところですね。今年はどんな出会いがあるでしょうか。

大きな変化や些細な変化。新しい発見や出会い。もちろんこれまでお会いしたすべての皆さん、今年もどうぞよろしくお願いします。
by my-colorM | 2012-01-02 13:13 | 日記
3年生の題材で、『デザインの力』として、ユニバーサルデザインを核に、リ・デザイン、エコデザイン、社会に役立つデザインを取り上げています。

ベースは、昨年、前任校で導入した『みやこユニバーサルデザイン』です。昨年は、2009年グッドデザイン賞を関連資料として取り入れました。以前のデザイン学習でピックアップした「グッドデザイン賞2008年セレクト」を2009年版にセレクトし直して発展させたものです。グッドデザイン賞アワードのHPから、コピーライトの指定の無いものを使わせていただいてpptのスライドを作成しました。この東北大震災でも活躍中の、あの「ラップポントイレ」もその過程で見つけたものでした。今年度も新任校で取り入れ、「デザイン」を身近に、また、人智の結晶として扱い、生徒達に未来への希望や社会との豊かな関わりを実感させていきたいと考えています。

その2009年グッドデザイン賞受賞製品の中に、『コロンブスのまな板』というのがあります。これは、通常なら直角にカットする側面に傾斜をつけた新発想のまな板です。その形状が故に、スポンジにて2度こすり、2面を水でジャーっと軽くスイングさせて流せば洗浄終了、かつ、シンクに立てても、水切れがよく、接触面も狭いので乾きが早い。つまり、まな板に求められている『清潔を保ちやすい』という利点を実現しています。従来品の形そのものに着目し、形状にちょっとした工夫を取り入れるという着想、発想の原点を感じた好例としてセレクトさせていただきました。まさに「コロンブスの卵」の逸話通りです。

その着想、発想を自ら「コロンブスの卵」を転じて「コロンブスのまな板」と称したのだけれど、キミ達、そもそも「コロンブスの卵」って、知ってる?

そう尋ねたときに、クラスの半分も手が上がらない。そこで、私は問うてみました。

「卵って、立つと思う?」と。

すると、キョトンとする面々と、「立つらしいな」みたいな顔と、もう一つの勢力…。

その勢力とは、「先生、コロンブスの卵って、つまり、その、卵が立つかってところで、みんながあーだ、こーだ言って無理や…、みたいになったときに、コロンブスが、カツって底をツブして立てて見せたんやんな」というもの。

これには、度肝を抜かれました。

「違うで!それは絶対に違う!私もやってみたことだし、それは何があっても譲れへん!」

半ばムキになって対抗する私がいました。

私の反論は、小学校時代だったっけ?国語の時間に学んだ事を、実際自分で検証した経験が語らせています。

誰もができそうにないと考えていた卵を立たせるという命題を、重心と卵にある細かい突起の存在で可能だとし、実際に立たせて見せた、コロンブスの柔軟で科学的な思考と行動力を紹介した論説文だったのです。その文章に感銘し、自ら実験してみた子ども時代の素直な私。知の素晴らしさを身をもって感じ、勉強好きになるきっかけにもつながったと思います。

にもかかわらず、なぜか、コロンブスが底をツブしたことになっている現代っ子。それも決して低位生徒ではなく、クラスをリードしている生徒が、私の説明に納得せずにいつまでも熱弁をふるう。なんだ、この子達は…?

そんなごまかしの「コロンブスの卵」では、それを引用した「コロンブスのまな板」が霞んでしまうではないか!

そこで私は子どもの頃にやった実験(簡単)を我が家の台所でもう一度やってみました。

もちろん、「卵は立つ」のであります。
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影でお気づきの事と思いますが、後ろの食洗機からは離れております。
種も仕掛けもありません。卵だから立つのです。ハイ。

デザイン性のよさに気づかせるこの授業。そもそもこうした安直、ごまかしのお笑いを信奉する目の前の子らに、自分や自分以外の誰かのために、真摯に取り組む姿勢を浸透させる使命を帯びています。

どうやら真実で迫るしかないようです。
by my-colorM | 2011-05-22 20:47 | 日記
3連休2つと2連休、飛び飛びではありましたが、スタートダッシュの4月でだいぶ疲れていましたので、もう一度体制を整える良い骨休みとなりました。

この連休で、PC環境や生活家電に少しばかり手を入れました。

まずは、Bluetoothでプリンターをワイヤレスにするという試み。自宅のメインマシンばかりで無く、Mac Bookとも、他のnotebook PCとも繋げたかったのです。そこで、USBコネクターに差すだけのMicroサイズのUSBアダプタを2つ購入。Macの方は内蔵のBluetoothで認識でき事なきを得たのですが、同じ2.4GHzの無線通信帯だったからなのか、いきなりメインマシンのワイヤレスマウスが停まり、動作不能に。(後から単なる電池不足とわかるのですが)既存の電池持ちの悪いロジクールのワイヤレスマウスを交換、同じくこの際ソーラーパワーで動くワイヤレスキーボード(Logicool Wireless Solar Keyboard K750)も購入する衝動買いに走りました。結局、ワイヤレスが進んだのは特に必要ではなかったマウスとキーボードだったという落ちです。

新しくやってきたロジクールのマウス(Logicool Wireless Mouse M505)とキーボードはunifyingという特殊な通信方法だそうで、全くストレス無く設定できただけでなく、レスポンスも早いし、使わないときには電源を切ることもでき、それが決め手で購入したキーボードしたソーラーパワーがとても素晴らしい!!

結果的には、授業で主にプレゼンのために使うPCのワイヤレスマウスとして、感度が良く遠隔で使いやすいというのがわかり、マウスは学校に。そして時間をおいて届いたばかりのキーボードは、今、メインマシン専用の座につくことになりそうです。しかし、キーボードも大切ですね。薄型なので机の端に手を置いて本当に疲れず、打鍵も軽くスムース。ノートPCの打鍵感と似ていて、それでいてナンバーキーもちゃんと付いていて、とにかく言うこと無し。しかも、ディスプレー下のスライドキーボード置き場の下にも収まる薄さ!(最大7.5mm)

注文してから通信トラブルではなかったとわかり、慌てて注文して少し後悔したのですが、機能面で十分に納得できたので、ある意味いい買い物だったと思います。

生活家電では3つ。

いよいよ地デジ化に着手です。何の嫌がらせか、最近TVの画面がブツブツと乱れるようになったのです。TVのせいかとも思いましたが、とにかく対策を講ずるべく、この際blu-rayレコーダー(HDDもちろん)でいくか、TVの買い換えでいくか…。結局高い買い物ですので、簡単に結論も出せず、amazonでふと見たPIXELA PRODIA コンパクトデジタル地上・BSデジタルチューナー( PRD-BT205…7千円台)でとりあえず凌ごうという結論に。

こういうの決めるのは、結局、私単独でリサーチ、判断、注文と相成ります。本日パパが帰宅すると、いきなり地デジになっていて、BSなんかもチャンネルが増えていたりで、きっと驚くんだろうな。

で、件のデジタルチューナー。これまた簡単接続。TVキャビネットから手頃な椅子にブラウン管TVをスライドして移し、つもりに積もった埃を拭き取り、アンテナ線を抜いてチューナーのジャックに挿し替える。一度AVケーブルを手探りで既存のコネクターに挿してみたけど、うんともすんとも言わないので、前面の入力ジャックに挿してみる。すると、地域設定画面に。地域を設定、その後画面の案内通りに進めていくと、綺麗な画質の画面に確かに地デジだったりBSだったりする映像が映っている。これでOK!なんだ、こんなにらくちんだったのねって感じです。ただ、ちょっとパパにはリモコンが小さいかも。ブラウン管TV壊れるまでこれでいくか。今残っているDVD(HDD)レコーダーにはまだアナログでつながっているんですが、これをどうするか…?う~ん、そのうち考えようっと。

2つめは、扇風機。10年以上使っていて、昨年の夏はスイッチを押してもウンウン唸ってなかなかスタートしなかったんですよね。放っておいたらパパは今年もこれでやり過ごしそうなので、この際黙って購入。本日到着しました。それはそうと、日本の電化製品の梱包技術は本当に素晴らしいですね。もう寸分の狂いもなく梱包されてやってきます。電化製品は未だに発泡スチロールが多いけど、それでも製品を保護する技術はすごいと思います。さて、扇風機。これは『無印』で買いました。リモコン付き。音が静かそうだったので決めました。こういうの組み立てるの大好き。程なく組み立てられて試運転。三段階の風量だけど、「弱」がちょうどいい感じだな。「中」も「強」も強すぎる。もっと弱い段階があればいいと思うのだが…。でもお休みタイマーとか、これまでなかった機能が付いているし、ちゃんと動くだけでも御の字。っていうか、今までの使ってたら本当はいけなかったんだよね、絶対。

3つめはヘルスメーター。iPhoneアプリで、「計るだけダイエット」というのを入れたんだけど、これまでのヘルスメーターが500g単位の計測だったので、アバウトすぎるだろうと、これも15年以上使っている製品だけど、おさらばすることにしたのです。こちらも『無印』で購入。他にもBMI値とか体脂肪率とかが計れる代物もありましたが、100g単位で計れるシンプルな計測器で十分。届いたので、梱包を解くと、単三電池が四本必要なのに電池は同梱されていません。ワイヤレスマウスで使い果たしたので、買い置きはもう無い。というわけで、試すのは後日となりました。シュン。

…というわけで、この連休は、買い物三昧。しかもお家にいてネットショッピング三昧の生活をしてしまいました。この楽しいひとときも本日で終了。

明日からは怒濤の学校本格始動!!頑張るぞ!!

追記:

ネットショッピングは、とにかく段ボールを始め、梱包材がたんまり。パパが帰る前に、片付けておこうと作業を終えたところで、ピンポ~ン♪ しめしめセーフ、と思ってインターホンに出ると、またもや宅配便。(低い声で失敗した…)

荷物は息子からでした。クール宅急便でシャンパンが届きました。大好きなピンクのラベル。よく冷えていておいしそうです。

明日への元気が一気に湧いてきました。Thank you.
by my-colorM | 2011-05-08 18:22 | 日記