「アフォーダンス入門」と「GIFT」

色彩感情という言葉は聞き慣れないかもしれません。

例えば、ある色から受ける感じとして、
「暖かい-冷たい」や「硬い-柔らかい」、「重い-軽い」といった印象評価を行った場合、その度合いが各人によって判断され、色と感情とがどのような関係にあるかを調べることができます。その調査対象を広げ、たくさんの人に行えば、ある色の与える感情的傾向が統計的に見いだされるだろうと思われます。こういった、色の持つ、というか色が与える感じを色彩感情と呼ぶことにしましょう。

そして、その色彩感情にはことばの因子分析とくっついて、三つの基本次元があると考えられています。
色の感情的評価の手法としてSD法という調査方法があります。SD法とは、かつてことばの感情的意味について三つの因子を抽出したオスグッドの手法ですが、それにより、ことばの感情的意味の因子はそれぞれ評価性、潜在性、活動性と命名されました。この三因子はヴントがかつて感情の基本次元とした快-不快、緊張-弛緩、興奮-沈静の三次元とかなり似ているので、ことばについても3因子を軸にした感情的意味空間というのが設定されました。色彩感情を捉えるために、色の感情的意味について調べると、ことばと同様、三つの因子が抽出されやすく、同じように感情的意味空間に色をプロットすることができるというわけです。

ところで、こうした色の感情=色彩感情では、その基本次元として、強い・硬い・重いといった潜在性、暖かい・動的なといった活動性がかなり安定的に出てくるといいます。どういうことかというと、これらの感情と色との関係を訊ねた場合の応答に、個人差、地域差があまり見られないということを示しています。

このことは「アフォーダンス」から説明すると納得がいくと聞き(色彩指導者養成講座で)、はじめて「アフォーダンス」ということばを知りました。

そこで、たまたま本屋さんで『アフォーダンス入門』(佐々木正人著 講談社学術文庫)を見つけたので、読んでみました。

アフォーダンスとは、生態心理学のまったく新しい考え方(アイデア)です。生物と環境の関係への新しいアプローチといってもいいでしょう。大まかにいえば、生命がある意図をもって成長・発達、(あるいは進化といってもいいでしょうか)しているのではなく、絶えず、環境にアフォード(特性として与えられる)されて、変化し続ける、その結果や過程が見えているに過ぎないということです。従って、虫や動物のあらゆる行動や形態の変化について、何のためにその行動をとるのかと意図や目的を探っても意味をなさないというのです。

生き物の周りに、環境があり、そのありとあらゆる環境が私たちを含む生き物に単に存在するだけでありながらその特性を与え、生き物の行為を変化させ続けているというのです。

知覚と行動については、5感がバラバラに働き、その情報を脳が統合し、ある行動を指令するという系統がこれまでのとらえ方でしたが、アフォーダンスでは、そうは捉えません。

たとえば、視覚は、静止していても、動いていても、光学的変化として、空間をつくる物体の肌理(キメ)を捉えています。それにより、環境中の物体との間合いをとっているのです。肌理を捉える働きにより、距離を測ったり、壁との衝突を避けたり、熱いもの、傷をつけるものから遠ざかったりします。逆に柔らかく、暖かく、心地いいものには接近を許します。このとき、知覚システムとして同時に空気の振動や匂い、体温との温度差、踏んだときの硬さ、触れたときの柔らかさを捉えるなどしながら、生き物は環境に対して多様なアプローチの仕方で絶えず動き続けています。物体の変化が伴えば、さらにそうした環境の変化にアフォードされて、さらなる行動の変化が起こります。こうした環境への対応が私たち生物の行動を形作っているというわけです。

さて、そのように考えていくと、環境の光学的なアフォーダンスは、色彩感情に影響していきます。例えば「炎」は朱を中心とした階調の変化があり、揺らぐ特性を持ち、バチバチ・メラメラ、ゴーっという音と共に、灼熱の温度と物を焦がす臭気を伴います。炎が直接触れることを許さない危険な存在であることは誰でも知っています。対して、一面の氷は青く、海水も、川の水も、大抵体温に比べて低い温度であることは承知しています。こうして、人(動物)は色も環境の肌理における一つの状態として捉えることになったと考えられるのでしょう。その結果、色そのものに傾向を投影し、暖色、寒色などの色分けの判断や評価を可能にしているのかもしれません。

『アフォーダンス入門』では物事を白か黒かと分けて考えることをしていません。そればかりか、何かを予測しあらかじめ意図を持って観察するといった手法を論破しています。ただ、対象をありのままに観察します。したがって、数値の書き換えというデータ改ざんもなければ、捏造もありません。愚直とも思えるその観察姿勢は、「種の起源」で知られたダーウィンのやり方そのものです。本に登場するミミズの観察は、28歳の若さで見つけた「土壌の形成について」の論文発表から、死ぬ前年に発表された「ミミズの行為によって肥沃な土壌がつくられること、そしてミミズの習性の観察」までのダーウィンの44年間にわたる地道な観察を紹介したものです。

人は自分が直接しなくても、誰かの行動を規範にしたり、他人の到達点を利用して論を展開することができます。真似ること、咀嚼すること、それらをかき回して新たなアイデアを創造することもできます。「学問」そのものも変化することの一過程にあるといってもいいかもしれませんね。

話はがらりと変わりますが、もうすぐ北京オリンピックが閉幕しますね。興奮と落胆、感動と同情…様々な感情が、TV画面と対面する中、家に居ながらにして、わき起こりました。NHKの中継を見ることが多かったのですが、そのたびに、「♪一番きれいな色って何だろう…♪」という歌い出しのミスチルの「GIFT」が気になっておりました。


色のスペシャリストを目指して(というのは口幅ったいのですが…)勉強を続けているつもりですが、「一番きれいな色」などという「色」は何とも難しいテーマだと、それを考える度に頭を抱えてしまうのです。

環境のアフォーダンスからして、人間がもっともきれいだと思う色はどんな色なのでしょうか?

色彩感情の基本次元として、いわゆるSD法による調査でも、もっとも意見が割れるのが、「評価性」という次元です。誰にとっても美しいという色はなかなか定まらないものです。私個人にしてもそうです。「好き・嫌い」を問われても、質問に答える度に違いますし、これ、と1つ答えられるようなものではありません。

「白か黒をつけろ」という難題を突きつけられ…ても、迷ってしまいます。…白と黒のその間には無限の色が広がっている…。(「GIFT」に出てくる歌詞を引用しました)

それゆえ何らかの理論を裏付けにしたくなるものですし、今ある環境の中から見つけ出そうとするのかもしれません。目の前の色(配色)の魅力を分析して、そこから法則を抽出しようとする試み…。人間は誰かの試みを環境(狭義)とすることができます。無からの創造ではなく、絶えず変化する行為の中から創造される新たな変化…う~ん、深い。深みにはまっておぼれてしまいそうです。

ただ、深みにはまったとしても、悩みながら、あるいは模索を楽しみながらその時々の答えを求めていきたいと思っています。


この夏は色々と勉強できて本当に楽しく過ごせました。明日から生徒が登校します。いきなり忙しくなるんでしょうね。

頑張ります!!
by my-colorM | 2008-08-24 16:32 | 色の話