空白の一日…?

慌てて東京入りした12日(土)。
本人はその日の深夜2時頃に携帯から救急車を呼んだと言っておりました。
ところが、運ばれた病院からは「入院2日」の請求があり、「???」の思いが消せませんでした。

その日の午前中「腸重積」と診断がつき、緊急手術の必要が出てきて転院となった…。そんな経過だったはずでした。息子から聞いていた話と入院日数の違いが気になり、今朝もう一度本人に確かめてみたのです。

息子が携帯の発信履歴を確認しました。すると、深夜2時というのは前日の11日(金)のことだったというのです。

東京に向かう新幹線で携帯で検索して予備知識を得たサイトが「腸重積のこと」です。それによると、折り重なった部分の血流が止まると腐ってしまうので一刻も早く診断して処置しないと開腹手術で切除することになるというフレーズが出てきます。息子から聞いた時間ならばまだそれほど時間が経っていないからいわゆる高圧浣腸でいけるかもしれない、そんな期待も持ちながら新幹線に乗っていたものです。

ところが、よくよく聞いてみると、本人は前日サークルの新歓コンパがあり、先輩方とカルテットを組んで、睡眠2時間で気がつくと朝まで演奏しまくっていたとのこと。その数日前から会場を押さえるためにシフトを組んで順番待ちに並び、息子達は深夜を担当、寝不足が続いていたというのです。朝まで演奏していたというその日の晩に、おちおち眠ることも出来ないほどの痛みを覚え、救急車を呼び、○○病院に搬送されたのです。幸い?当直の医師は胃腸科の専門でしたが、「急性胃腸炎」の診断が下されました。

病院入りとなった金曜日の朝方6時頃、その先生から「入院を強く勧めるが、家に帰って様子を見てもいい。どうしますか。」と問われたと言います。もし家に帰っていたら…そう考えると恐らくさらに大変なことになっていただろうと息子がこわごわ私を見つめました。病院に居るという安心感と強い眠気のために息子は入院を選択しました。次の日の土曜日には当直明けで勤務が無かったのでしょう、その担当の先生はいらっしゃらなかったそうです。入院の案内もうつらうつら聞き、他の患者に運ばれた食事のにおいと音。そういえば一日病院に泊まった…。息子の空白の一日の記憶が埋まりました。

でも、それを聞いた私の心中は穏やかではありません。その間息子は丸一日(22時間ぐらいと言っていました)ベッドで爆睡していたというのですから、時間を争う(はずの)腸重積です。結局開腹せざるを得ない手遅れを招いたことになるのではないかと考えてしまいます。みすみす救えたかもしれない腸を切除しなければならなくなったと考えたら、初診がどうだったのだろうかと思ってしまいます。たしかに大人の腸重積は珍しく、発見が遅れがちなのは仕方が無いのかも知れませんが。

結局担当医が不在のまま、一日が過ぎ、一向に治まらない痛みの原因を調べるために行ったエコー診断などの検査の末、改めてその医師が「腸重積」と診断→緊急手術の必要→転院となったものと思われます。

それ以降のことは前回書かせて頂いた通りですが。

息子から聞かされた話から、腸重積の診断が遅れたこと、転院したときにはすでに開腹せざるを得ない状況だったことが次第に明らかになってきました。

腸重積を起こしている部分が思いのほか長かったのも発見の遅れを物語っているのではないでしょうか。

とはいえ、「覆水盆に返らず」です。今更あれやこれやと掘り返しても何が変わるというものではありません。不可逆な操作が行われたのですから、静かにその後を見守るほかなく、ただただ息子に与えられたダメージがより小さく済んでくれることや経過が快方へ穏やかに推移していくことを願うばかりです。

お陰様で、手術以後は、痛みも日に日に和らぎ、今日はお夕飯から念願の食事が出来るようになりました。お腹から胆汁を抜くために直接差し込まれた管が一番痛いといっていましたが、ようやくそれも取ってもらえ、顔つきに前よりも余裕が出てきました。腸炎があり、下痢と発熱はまだ見られますが、薬剤を調整してもらいながら改善を待ちます。今日は手術日以来友人もお見舞いに来てくれたようですし、本人もようやく見通しが立ってきたものと思います。

そろそろ明日には私たちも京都に帰れそうな状況が出来てきました。

厄介なのは入院の時期が息子にとっても2年のスタートであるということです。履修登録とも重なり、またサークルの新歓行事に忙しいはずの日々。それらをみんな人任せにしなければならないのはつらいでしょう。いくつか代行はしましたが、全て自分の思惑通りには運ばないでしょうし、歯がゆい思いはあると思います。

既に授業は始まっており、出席確認が単位取得の条件になっている科目も少なくありません。無断欠席はしたくありませんので病院から息子が学生課に問い合わせました。すると学校(授業)については、各講義の教授お一人お一人に入院の事実を退院証明書などを見せて理解して頂き、欠席について不利に扱われないよう個別に交渉せよ、とのこと。大学は大きな組織ですから、学級担任等に連絡すれば教科担当に内容が伝わるといったシステムにはなっていないようです。退院してからすぐに学校に復帰できるかはわかりませんが、復帰すれば授業毎に教授と直談判をしていかなければなりません。

また大学生協で入学時に加入した共済に入院の給付申請もし、書類をそろえ手続きをしなければなりません。

そうそう親が仕事を休んで手続きを代行するわけにはいきませんので、いろいろと社会勉強にもなり、一気に自立が進むのではないかと思います。教授とじかに言葉を交わす機会もよい方に捉えればその人となりを知るきっかけになるかもしれません。

痛いだけじゃなく、あれこれ忙しい思いをするだろう息子。でも、一つ一つ乗り越えて行って欲しいものです。
by my-colorm | 2008-04-15 23:30 | 日記