緊急入院!

今日は、AFT色彩講師更新セミナー。大阪の会場へ出向きました。
受付を済ませ、11時からお三方の発表が終わり、4人目の方の発表が進んだあたりでした。
いつもなら電源をOFFにしておく携帯に、続けざまにパパから電話が入り、2、3回保留応答にしたのですが、さらにかかってきて、あんまりしつこいので外に出て断りを入れようと思ったのです。

すると、電話口から悲痛とも思えるパパの声。ただごとでは無いと感じました。

東京で今年から大学2年生になる息子。そういえば昨年の今日12日が入学式でした。
その息子が「入院したらしい。手術が必要かも知れない」と言うのです。病院からパパの携帯に連絡が入ったそうです。

手術となれば親の同意が要ります。つまりとにかく早く東京に行かねばならないのです。

…ということで、まさかまさかの東京入りと相成りました。ハイ。今、東京におります。

本当ならば、件のセミナーのお話を書く予定でした。14期の参加者の方々ともなんとか名乗りあって合流する予定を立てていたのです。が、そんな思惑もどこへやら、思いがけずとんでもない記事になってしまいました。

さて、そんな連絡を受けましたので、すぐに出立を決めました。講座係の方にメモを書いて見せ、荷物を持って出させて頂きました。幸い会場が新大阪でしたので、すぐに新幹線に乗り込むことができました。

新幹線から息子がお世話になった病院にすぐさま携帯で連絡を入れると、検査と手術ができる大きな○○病院へ搬送中だとか。病名は「腸重積」。(腸がストッキングのように入れ子になってしまい、折りたたまれた部分が圧迫されて血流が滞り、入り込んだところが壊死して腹膜炎を起こしてしまうので、時間を争う怖い症状です。)軽度であれば、うまくすれば内視鏡等で見ながら施術し元に戻ることもあるそうなのですが、そのようにうまくいかない場合は、開腹して部位を切除しなければならないので、本人が未成年者なので同意書への親のサインが必要だと説明を受けました。

ただし、本人はケロッとしており、命に別状はないというので、もしかしたら本人に直接連絡がつくかもれないと思い、その後すぐに携帯に電話をしました。するとうまく本人が出てくれました。そして言いました。「今搬送中で、○○病院に向かってるところ。救急車の中や。」と。そういえば耳元にサイレンの音が響いています。息子が乗っている救急車のサイレンて…。変な感じがしました。なんだかとても居心地が悪かったのでとりあえず「今、新幹線。ちょうど京都を通過したところやわ。すぐ向かうし頑張ってな。」そういって搬送先の病院への行き方を確認して携帯を収め、座席に戻りました。

あとはパパへのメール。二人とも行く必要は無いだろうと言ったのに、夜に向かうと返信がありました。出先から取るものもとりあえず新幹線に乗りましたので、後発隊のパパに着替えや化粧道具などを持ってきてもらうことにしました。

病院へは3時半に着き、早速救急外来を訪ねると、息子がパジャマ姿で横になっていました。クラスメイトが下着やら差し入れてくれたと言っていましたが、私の到着とほぼ同時にサークルに向かうと言って入れ違いに出て行きました。簡単にお礼を言って別れました。

検査室に向かったのはそれから一時間以上してから。検査室が空くまで待機していたようです。その間に手術に関する説明を聞き、同意書に署名しました。いつも鞄に入れている判子がこんなところで役立つとは思っていませんでした。

検査室ではおしりから造影剤を入れ内視鏡検査もしたようです。30分ほどで出てきた先生は、「やはり緊急手術の方向で行きます」と。結局6時からオペ。2時間ほどで終わるだろうということでしたが、実際面会が出来たのは9時でしたから約3時間の手術だったというわけです。

オペの終了を待っている間にパパが到着しました。受けた説明をかいつまんで話しました。

そもそも腸重積は腸の収まりが安定していない子どもに起こりやすい病気なのですが、大人がなるときは「憩室」やポリープなどの引き金となる原因があるのだそうです。その原因も開腹して観察したり切除した検体を調べてみないと特定できないということでした。

オペ室から病室に移され、執刀医から切除した部位を見せて頂きながら説明を受けました。15cmほどの大きな腸壁が切開された状態ですからかなり大きなものでした。想像していた腸管のイメージとは異なり、かなりふくらんでいたような印象でした。引き金となった原因の特定は出来なかったものの、さらに検査に送って検疫するとの説明でした。

説明の後で本人に会いましたが、全身麻酔に開腹手術と肉体的にも精神的にも大きなダメージがあったのでしょう。疲れた様子で私たちの姿を確認するとすぐに眠りにつきました。

そのまま本人はしばらく眠っているように思いましたので、看護師さんに緊急連絡先として携帯番号を告げ、程なく病院を後にしました。

息子曰く、さんざんな状態になっているといっていた東京基地を二人でやっつけ、これから休みます。

4月。本当に思いがけないスタートとなったものです。
by my-colorm | 2008-04-13 01:26 | 日記