夢は「宇宙人」にあうこと…

息子の入学式。東京まで出かけてきました。花はもうほとんど散ってしまい、九段下の桜は若葉が芽吹いていました。

人の話を聞くというのは有意義なことが多々ありますが、この日の新入生への祝辞は私自身きっと生涯忘れられないだろうと思います。

その人の名は福島智氏。

大学の先端科学技術研究センターで、准教授という役職に就き、バリアフリーシステムのあり方を学問的に体系化すること、また、バリアフリーに深い理解を持つ人材育成を図るというお仕事を進めていらっしゃいます。私はこの方のことを全く知りませんでした。学長の式辞の中で一言紹介があり、少しばかりの興味が湧いたのですが、3人目に登壇され、そのお話が始まると即座に惹きつけられました。

「私は1962年、神戸で生まれました。…私の夢は『宇宙人にあいたい』でした。」

少し高いトーンで話されたそのひとことは私の意表をつくものでした。その宇宙人にあう夢のきっかけとなったのは彼が6歳の頃遭遇した、1969年7月20日アポロ11号月面着陸のニュースでした。このTV番組は私自身も子どもながら固唾をのんで見守った一人ですからよく覚えています。彼はこのときに抱いた宇宙へのあこがれから、星に強い興味を持ち、星空を眺めたりいろんな本を読んだりしたそうです。それが高じて今度は本格的に観測しようとお父さんに天体望遠鏡をねだるほどの入れ込みようでした。しかし彼はその直後9歳で失明。望遠鏡はおろか、以来星の瞬きを二度と見ることはありませんでした。光を失い、失望しかけた彼でしたが、TVやラジオの音声からもたらされる情報に支えられながら光のない生活を乗り越えてきました。ところがさらに18歳で失聴、頼りの音すらも奪われ、全盲ろうとなってしまいます。

彼の周りには真っ暗で音のない、それこそ大宇宙が拡がっているかのようです。彼が発する言葉にたとえ誰かが彼の前で反応したとしてもその声も表情も彼には届きません。彼が最も悲しかったのは見えないことや聞こえないことではなく、他者とのコミュニケーションの手段を絶たれたことでした。彼は孤独と絶望の淵に立たされたのでした。

大学に進み学問を修めたいという志を持って高校生活を送っていた彼にとって、光だけでなく音も奪われたことは重大な試練でしたが、幸い彼の側には良き理解者がいました。盲ろう者が大学に行った前例は日本ではありません。相談を寄せると彼の担任は「前例がなければ、君がその前例になればいい。そのための努力と支援は惜しまない。」と言ったそうです。幸いなことに彼は指点字というコミュニケーション手段に救われます。そして担任はその言葉どおり、彼のために指点字通訳を育て彼の学生生活をサポートしました。

こうして1983年、東京都立大学人文学部入学。日本で初めての全盲ろう者の大学生となり、卒業後、日本学術振興会特別研究員、東京都立大学助手、金沢大学助教授等の職を経て現職に就きました。

時折ウィットに富むお話を挟みながら、明朗なその話しぶりに聞き入りました。しかし、これが私だったらと思うととても尋常のこととは考えられません。光も音もない世界。イメージするたびごとに思考停止を覚えます。

その中で学問を修めるのです。9歳までに見聞きして獲得してきたこと、18歳までに聴いたり触れたりして獲得してきたこと、そして大学以降に学んだ専門知識の数々…。

そして彼は10数年前からEメールというコミュニケーション手段を使って多くの友人と交流しているそうです。そのハンドルネームは『ET』。指先を触れるだけで意思疎通ができるというあの1982年作スピルバーグ監督の名作映画からとったそうです。指点字というコミュニケーション方法を使う氏自身と彼の夢が見事に合わさっています。このようにお話のいくつもの部分がいつの間にか一つにつながっていたりして本当にユーモアあふれる楽しい人なのだなぁと感じるだけでなく、この人の頭の中の構造は一体どうなっているんだろうと思わず感心してしまいます。

さて、彼が手がけている仕事は「バリアフリー」です。彼にこそできる研究がそこにあるのだろうと思いますが、こうしたお話を新入生と共に共有できたことが何よりも喜ばしいことでした。

私にはイメージすることさえ難しい状況で、その困難を和らげるマンパワーを引き出そうと常々努力し傾注している氏の生き方に感銘を受けましたし、「人は一人では生きていけない」というリアルなフレーズは強い説得力がありました。新入生へのはなむけになったことはもちろんですが、私自身も多くを学ばせていただき、感謝しています。

氏の著書「渡辺荘の宇宙人―指点字で交信する日々」「盲ろう者とノーマライゼーション―癒しと共生の社会をもとめて 」を取り寄せ、早速読んでみようと思っています。

私は知らなかったのですが、彼の奥さんの著書「指先で紡ぐ愛―グチもケンカもトキメキも」がドラマ化されたそうですね。ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。この原作本も読んでみましょうか。
by my-colorM | 2007-04-14 01:58 | 日記