読書感想画の原点…「裸の王様」

今日、夏休み明けの小学校兼務の日でした。

ところが中学校はまだ夏休みと勘違いされていたらしく(いえいえもうとっくにはじまっておりますよ)、授業がはまっておりませんでした。

ラッキー!!



なんて書くとひんしゅくを買うわけですが、そのように思わず安堵したのは、夏休み明けに二つの兼務校共通で「お話を絵にするコンクール」に乗っかった構想画に取り組むつもりでしたが、その準備がまだ不完全だからです。

もちろんいきなり本の読み聞かせやあらすじ・場面決定をするつもりはありません。構想画のウォーミングアップとして取り組んでおきたいこととして、具体的なイメージを持つ練習があります。今回のような「お話を絵にするコンクール」の場合であれば、本の挿絵に寄りかからず、最後までイメージを大切にしながら描かせたいという願いがあります。そのためには耳で聞いたり、読んだりしたことから場面を自由に思い浮かべて描くことへの抵抗をなるべく低減しなければなりませんし、また、みんなが違うことを楽しむ経験も必要なのではないかと考えています。

「青い空」といってもその「青」は少しずつ違うでしょう。花一輪ではどんな花を選ぶかによっても全く変わってくるはずです。また、魚というと図鑑のように左向き、楕円に三角のようなパターンにとらわれずに描けるといったようにしていきたいものです。

そのようにいろいろな見方があり、描き方があり、表現の仕方があるということを楽しむ経験。それが構想画の醍醐味だと考えます。

そのための展開例としてこんなのはどうでしょうか。

何の前提もなく「魚を描きましょう。」パターンに陥るでしょうね。
「橋の上から見た魚を描きましよう。」真横のパターンは解消されるでしょうか。
「カレイって知ってますか。」「タイは見たことがありますか。」「太刀魚って知っていますか。」「うなぎはどんな風に泳ぐでしょう。」こんな風に矢継ぎ早に投げかけてみます。

そうして、最初に描いたものについて感想を書かせます。ここでは自己学習力を発揮させます。

パターンでイメージを固定させると広げられない、深められないということを学習してくれたらいいですね。

また、読書感想画というと、つい本の挿絵に引きずられることがあります。私が子どもの頃にもそんな経験がありますし、息子の小学校の時の夏休みの宿題で取り組ませたときもどうしても挿絵を見てしまい、低・中学年の時などは絵本のような課題図書なのでお手上げだったりしたことも思い出されます。

なので、授業で取り組ませることになり、いかに文章からイメージを膨らませるかに力点を置くならば、準備がなにより大切ということになるわけです。

本を丸々人数分用意することは不可能ですから、指導者が「あらすじ」を読み物資料としておこします。そしてここぞという場面を一冊につき5つほど選定して本文を抜粋します。できるだけ物語が動くところ、活気があるところ、登場するものの表情やレイアウトがさまざまに展開できる場面を選びます。これはワクワクドキドキ感をとらえて描く動機づけをするためです。余計なお世話だとは知っていますが、本文を全部読ませるだけの余裕が時間的にも予算的にもないというのが現実なのです。仕方がありません。

突然ですが、実は、私が教育大学の美術科を志望するにあたり、一冊の本から与えられたショックや影響は大変大きなものでした。その本とは開高健の「裸の王様」です。

開高健「裸の王様」【あらすじ】

子供を相手にした画塾を開いている「ぼく」が、知り合いの教師であり画家である山口から、大田太郎という子供の面倒を任される。

太郎は、戦後絵具メーカーとして大きな発展を遂げた大田氏の一人息子であり、現在は若い継母の元で育てられている。大田氏は自分の事業である絵具販売を拡大することにずっと奔走しており、太郎や母親とは殆ど相手をすることが無かった。太郎の母親は自分の孤独を満たそうと、太郎にあらゆる教育を施すが、その結果、太郎は自分の意思を表面に出さない、行儀が良いだけの子供となってしまった。

「ぼく」のところにやって来た太郎は、画塾の他の生徒と交わろうとせず、いつも一人でいた。そしていつまで経っても、自分から絵を描こうとしなかった。

「創造主義の立場から空想画が児童のひとつの重要な解放手段であると思う」―――こういう信念を抱いて画塾を開いている「ぼく」は、まず太郎の内側にくすぶる自我を外に出させることから始めようと考えた。「ぼく」は太郎を連れて川原でカニを取ったり、画塾の子供たちと一緒に、公園で競走させたりした。太郎はだんだん「ぼく」に心を開き始め、絵を自分から描くようになる。

その頃同時に、「ぼく」はデンマークの子供たちと日本の子供たちとで、アンデルセンの童話をモチーフにして描いた絵を交換することを思いついた。ところがこれと同じ話を大田氏も考えていた。結果的に、大田氏は自分の会社の絵具が売れることを狙って、全国の学校を対象として、アンデルセン童話の絵のコンクールを行うことを、強引に取り決めた。

この話は「ぼく」の画塾の生徒たちにも広がった。「ぼく」は生徒たちが、学校の教師に気に入られようとして、既成の絵本の挿絵を模倣したような絵を描くことを恐れた。そこで「ぼく」は、絵本を見せることなく、また既成の概念と安易に結び付けないように注意しながら、画塾の子供たちにアンデルセン童話を聞かせた。

するとある日、太郎が自分の描いた絵を持ってやって来た。それは、「ぼく」が話して聞かせたアンデルセン童話に基づいて描いた絵だった。「ぼく」はその絵のうちの一枚に非常に驚いた。それは、「チョンマゲを頭にのせ」、「越中フンドシをつけた裸の男が松の生えたお堀端を歩いている」絵だった。「ぼく」は大声を上げて笑った。「ぼく」のもくろみは見事に成功したのだ。

「ぼく」は太郎の描いた「裸の王様」の絵を携えて、審査会場に向った―――


この作品のラストは痛快でした。笑いがこみ上げ、と同時に涙がこぼれ落ちました。この作品が高校3年で自身の進路を決める決定打になったことは確かです。教えることの素晴らしさに目を開かされ、教育大への進学、美術教師になることへの展望が大きく広がったことが思い出されます。

まだまだ道半ば。初志が貫かれているかはわかりませんが、大切にしたい題材が待っていると感じます。思いが子どもたちに伝わるといいのですが…。

で、選定図書は課題図書5冊の中から

「おりの中の秘密」-ことばを話さないものたちといっしょにいたくて、ぼくは動物園に行く。そしてある日、知ってしまった。おりの中にかくされた秘密を。その「秘密」を知っているのは、ぼくだけだった…。少年とゴリラの奇跡の物語。―――

「はなはなみんみ物語」-小人世界における戦争と滅亡、その復活を描くファンタジー―――

この2冊に絞ってみました。