再会

この夏、旧知の3人と再会することができました。

一人目は偶然、教員免許更新講座で。二人目は、Facebookでのやりとりで、帰省するならと、一緒に三人目を訪ねることになって。

共通項は母校、藤枝東高校の美術部。美術教育に携わることになった原点ともいえます。

高校時代の恩師といえば、担任のI先生や古文のS先生も思い浮かびはしますが、強烈に影響を受けたという点で、再会を果たした三人目の人物、K先生は大きな存在です。

K先生は、母校を卒業して、武蔵野美術大学彫刻科に進まれました。卒業して彫刻家として作品を発表しながら、29歳で高校教師として、別の高校からご自分の母校に赴任された年に、私も入学しました。来られて早々、ガラクタ置き場の様な美術準備室を、モデルを置いて2〜4名がデッサンしたり油絵を描いたりできる部屋にしつらえ、「美術手帖」を読ませてもらえたり、専門の彫刻について、特にジャコメッティについては熱っぽく、私たちに語ったりしてくださいました。参考になる作品があれば、そのよさを私たちに問いながら、具体的に示してくださったり、美術って面白いだろうと本気で思わせてくださる先生でした。

だから、その先生の影響を受けて、美術にのめり込む生徒が少なからずいたのです。

私ももちろんその中の一人です。私の場合、初めのうちは、受験のためのデッサンという意識はありませんでした。中学時代に授業で「大顔面」の面どりの鉛筆石膏デッサンが、ちょっとだけ上手く描けた気がしていました。部活で足を踏み入れた高校の美術室に、ヘルメスやミロのヴィーナスの頭像、ブルータス…などの石膏像がいっぱいあるので、片っ端から木炭デッサンをしていただけだったのです。夕刻、モチーフの明暗が判別出来なくなるまで、木炭とパンにガーゼで、イーゼルに立て掛けたカルトンに目玉リップで固定した木炭紙と格闘していました。楽しい日々でした。

受験のためのデッサン指南に、再会二人目の人物Mさんが準備室にやって来ました。武蔵美の建築科を目指すと言う彼女は、決められていたはずの制服のベストは短く、スカートは長め。カールした髪に、少し化粧っ気のある、ちょっとませた感じのお姉様でした。頭が切れて、数学とかが好きとか言ってるのがなんかギャップがあって、印象的な先輩でした。デッサン練習の成果もあって、見事に希望の進学を果たし、東京へ。1年後、たしか私が武蔵美を受験するときに泊めていただいたのがお会いした最後でした。数年前にたまたま本ブログを訪れてくださり、建築の仕事で活躍されている近況を知ることとなりました。それから、実際、再会したのはつい先日ということになります。

2年になると、美大系の受験のためにと、同学年の女子が二人、美術部に入部して来ました。その二人は、私と同じ中学出身で、一人はお家が広告デザインをされていたと記憶しています。彼女たちは基本形の鉛筆デッサンから始めて、静物画のデッサンを件の先生の指導で進めていきました。その中の一人が、教員免許更新で声をかけてくれたKさんです。Kさんは、先生の勧めもあって、日本画科を目指すことになりました。

恩師のところには、他にも美大系を目指しているものが何人もいて、その影響を受けていますが、こうして、生徒に応じて、的確に進路指導、受験指導をしてくださったわけです。

私はというと、同い年が自分の進路をしっかり目指していることに焦りを覚えつつ、迷っていました。兄二人が京都の私立大学に進学したので、選択肢が限られていました。国公立、兄のいる京都なら進学も許してもらえるのではと目論見ました。美術は自分の中でどんどん膨らむ夢。美大に合格する力はまだ全然身についてはいないが浪人も出来ない。揺れに揺れる心に、K先生が方向づけしてくださいました。

こうして、美術教員になる道筋をつけてくださったのですが、その恩師を、先日、実家に向かう途中で訪ねたのです。

そこには、二年前に脳梗塞で倒れながら、復帰を果たし、右手を左で補いながら、作品に向かう彫刻家として現役でいらっしゃる先生の姿がありました。自身の美術に対して少しも変わらない思い、ぶれない様子に、この人に学んだんだことは、今も私の核としてあると、しみじみ思ったものです。残り少なくなってきた教員生活に、全力で当たらねばと気持ちが引き締まる思いでした。

三人で話しているうちに、再会二人目のMさんに、もう絵は辞めたのかと尋ねられて、「いやぁ」と首を傾げてしまいました。正直な思いから、出た答えでした。というのも、自分の中で、作家として絵を始めたことがないのです。だから辞めたのかと問われても実感がまるでない。

逆にいつ始めても「あり」というのが、K先生の答えでした。とても温かいその言葉に救われる思いでした。


先生のお家を後にして、懐かしさの余り、高校時代に描いた自分の作品に会いたくなりました。実家は、幹線道路の建設のため、立ち退きにあい、1/4ほどの三角形の土地を残して移転しました。家族には必要のない私の作品は、その土地に据えられた物置小屋に置かれたまま、数十年経つわけです。

今日、その地を訪れると、処分されずにそれはありました。物置のスチールの壁面に触れていた部分は、結露のせいか木部は腐り、紙は朽ち去り、絵具は剥落していましたが、一枚の自画像はほぼ無傷でした。その一枚を救い出して、現住所に送りました。

高校時代の恩師、先輩、同級生と旧交を温め、さらに、自身の美術に真摯に取り組んだ過去とも再会を果たしたこの夏は、私の何かが動き出すきっかけになりそうな気がしています。


追記:再会なって、家に届いた高校時代の自画像。部分ですが…。

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目線が合っているので、どこから見てもついてきます。生活空間にはちょっと大きいF20号サイズ。送ったものの、置く場所に困ります。笑












by my-colorm | 2014-08-16 08:13 | 日記